第1話 7月5日


1998年 7月5日 午前0時13分

「……判った。それで、優勝者はどうした。現地に向かった?やれるのか?無傷だと……そうか。判った。陛下にはこちらから連絡する。そちらは会場の処理が出来次第、現地へ向かえ。以上だ」
 とある、会議室。そこに、大きな円卓を囲んで、32名の人物が集まっていた。喋っているのは、携帯電話を使用してる彼だけである。
 彼は電話を置くと、一堂を見回し、言った。
「岡山県のプログラムが、今終了した。優勝者は身体的にはほぼ無傷で、十分やれるようだ。さて諸君、どうするかね?」
 それを受け、別の男が言った。
「その優勝者が使い物になるなら、問題無いだろう。今日にでも始めようではないか」
「しかし、今日終えたばかりだぞ……。身体はともかく、精神的にはどうかと……。」
「そうは言うがね、岡山県令よ。前回は、君がなんと言っておったかのう?え?精神的にズタズタだった新潟の優勝者を、問題無いといって無理に押し通したのは、わしの記憶違いかの?」
 隣の席の老人の、吐き気を催すような声で、岡山県令と呼ばれた男は、押し黙った。
 それきり、発言は無かった。
 それを見て、最初の男------内務大臣、草叢赳夫は言った。
「香川の件も有って、時間が惜しい。それでは、始めましょう。今年度プログラム、決勝戦を-------」


1998年 7月5日 午前8時26分

 あたしは、分校前の長い坂道を全速力でダッシュしていた。
 あと5分足らずで本鈴がなる。この坂は50メートル近くあるが、元陸上部短距離最速のあたしの足を持ってすれば、十分間に合う時間だ。その時、ちょうど、 あたしは前をふらふらと歩いている人影に気付いた。
 やけに小柄で、後ろ髪が長い、分校の制服姿の男------同じクラスの、佐藤慶蔵だった。
「うあ?」
 慶蔵も、こちらに気付き、振り返る。その顔は、いかにも寝起き、という感じだ。あたしは、大声で言った。
「何やってるのよ!遅れるわよ!」
「あぁ、気にするな。遅れようが遅れまいが、大して違わん」
 慶蔵は間延びした声で言うと、大きなあくびをした。あたしは慶蔵を無視することにし、一気に追い抜かしていった。その際、慶蔵が何か言った気がしたが、無視した。
------あんなのにかまってる暇、無いんだ。ずれた眼鏡を直しながら、そう思った。
 佐藤は、授業中で寝ている。それは、佐藤に限った事ではなかったが、特に酷いのは佐藤だった。いびきまでかいている。それが隣の席なので、迷惑だった。
 あんなのが隣にいては、おちおち勉強できない。東京医科大学付属高校がかかっているのだ。
 3ヶ月前------荒れていた頃には、考えもしなかった進路。3ヶ月前の、あの出来事がきっかけであり、あたしの人生を変えた、節目だった。
 響く悲鳴、血、崩れ落ちた友人。荒れていたあたしに、唯一親身になってかまってくれた、あのコ……。あたしは、あのコに何もしてあげられなかった。そして、あたしは……。
 やめた。今思い出してたってしょうがない。忘れることは多分一生出来ないけど、今は、できれば奥の方に仕舞っておきたい。今は……
 そんなことを考えながら、あたしは教室のドアを開けた。ちょうど本鈴が鳴った。


 本鈴が鳴り、扉の開く音がして、俺はそっちに顔を向けた。入ってきたのは、松平ではなく芝村だった。クラス一の、ガリベン女だ。顔は可愛いくせに、野暮ったい眼鏡で台無しになってる。
「何見てんだ、伏見。芝村か?」
 後ろの席の、森博則が言った。
「いや、遅れてくるなんて、珍しいなって」
「ふうん」
 言い訳がましく聞こえただろうか。そっと振り向き、博則の顔を見たが、その特徴の無い顔には、特に気にしてる様子は無かった。
 芝村と博則に会ったのは、一ヶ月前、ここに転校して来た時だった。博紀は、席が前後という事もあって、すぐによく話すようになった。ただ、本当に打ち解けてはいない。一ヶ月前の、あの悪夢以来、俺は悟った。親しい友人なんて、いないほうが良いという事を。
まぁ、打ち解けてないのは博則も同じようだった。俺は博則の表情が変わったところをほとんど見たことが無いし、俺は博則のことをファーストネームで呼ぶが、博則は俺を宗弘と呼ばず、伏見と呼ぶ。
 芝村は、それこそ話はほとんどしなかった。ただ、机の中の漫画を忘れ、夕方教室に取りに行った時、芝村が一人残って勉強しており、少し話した。それだけだ。ただ、そのとき芝村は、目が疲れたのか、眼鏡を外していた。それから、少しだけ、ほんの少しだけ芝村が気になっていた。それだけだ。
 芝村が席についた時、扉が再び開き、担任------松平が現れた。
 俺は松平が嫌いだ。なんとなく、粘着質で------あいつに似てるのだ。あの悪夢のさい、新担任と名乗った政府の鼠に。事実、奴は政府至上論者だし、授業も、政府の模範教育規定通りだった。だから、授業などほとんど聞いてない。
 とはいえ、朝は今日の予定などが聞かされる。聞き流してると、あとで困るので、俺は仕方なく松平を見た。
 松平の隣に、見慣れない奴が居た。長身で、スマートな、目鼻のバランスの整った、おおむねハンサムと言っていい顔立ちの------
 女?
 女だ。長い髪を無作為にたらし、ここのセーラーを着ている。間違い無く、女だろう。しかし、髪さえ短くして、男物の服を着てたら。間違い無く、男にしか見えない。
 松平が言った。
「おう、皆元気かー?今日は、転校生を紹介する。岡山から来た、月見里羽羅さんだ。仲良くやるようにー」
「月見里です」
 月見里は、抑揚の無い声でそれだけ言って、頭を下げた。無表情だった。
 そのあと、松平は月見里の席を適当に決め、月見里は、クラス委員の中里翔架の隣に座らされた。それは、俺の正面に当たる。
「さて、今日の授業内容についてだがー。政府から指導が来てね、皆懐かしの------

 ちょっと殺し合いをしてもらいます」

 ------何だと?
「おい松平っ!それは何の冗談だ!」
 クラス一のワル、秋林瑠夜羽の咆えるような叫びで、俺は我に返った。
「秋林、担任を呼び捨てはまずいぞー。何で俺が冗談なんか言うんだー?」
「ふざけるな!俺は・・・・」
 秋林は机を蹴飛ばし、松平に食ってかかろうとした。秋林の席は最前列の教卓前だ。
 だが、秋林は、拳を振り上げた状態で硬直した。秋林の額に、黒く光るものが押し付けられているのが見えた。
 22口径2連発デリンジャー。間違いない。小型で持ち運びは楽だが、射程距離はそんなに無い。ただ、この教室の中で狙撃するなら、十分……。
 秋林は、黙って席についた。松平はデリンジャーを持ったまま、チョークで黒板に何か書き始めた。それは……BR法。
「皆、これについては良く知ってるなー。授業中にも教えたし、何より見に染み込んでると思う。でもな、実はこのBR法には、隠された補足があるんだ。それはなー、このBR法で定められたプログラムに優勝した者は、その年度の他の優勝者と、決勝戦をやるんだー。どうだ、驚いただろー」
 松平は、さもおかしそうに言った。
 その時、俺はようやく実感が湧いた。つまりこの男は------
 俺たちにもう一度あの悪夢を繰り返せと言うのか?
 松平はさらに続ける。
「本当は、いつもは3月頃やるんだけどなー、香川県のほうでゴタゴタが有ってなー。それでこの時期までもつれ込んでしまったわけだ。さてと、お前ら、出て来い」
 扉が音を立てて開き、あの不愉快な迷彩服を着た、政府軍の連中が入ってきた。あの時と同じく、3人。3人とも、大量のデイパックを持ってる。
「さて、皆には、このデイパックの中の武器で殺し合ってもらうわけだがー、詳しいルールは割愛しまーす。皆身についてると思うし、時間は有効に使わないとなー。おっと、会場はこの分校の浦山とその向こうの大東亜陸軍千丈演習場とその一帯ね。詳しいことはデイパックの中の地図に描いてあるから、よく見ておくようにー。そうそう、今回はなー、地図と名簿は電子手帳になってる。禁止エリアとか、現在の死亡者数とか、誰が誰を殺したとか、リアルタイムで全部教えてくれるぞー。世の中便利になったなー」
 今になって、膝が震えだした。こいつ、本気だ。本気で、また悪夢を繰り返す気なんだ……
 待て。俺は大事な事を聞き流してる気がする。何だ?一体何だ?
 ------その年度の優勝者を集めて、決勝戦を------
 決勝戦?このクラス30人全員が、プログラム優勝者だって言うのか?
「そうだ、大切な事を言い忘れてた。今回、次の禁止エリアは発表しませーん。午前0時過ぎたら、ドカンだからなー。ちょうどいい運試しだろ。やっぱ賭けって奴は、命懸けじゃないとつまんないしなー。引っかかったら、運が悪いと思って諦めろー」
 好き勝手言いやがって……。禁止エリア未発表だと……一体何考えてやがるんだ……。
「さて、次は先生からの特別プレゼントだー。皆の中で、こいつは強いぞー、注意しろーって奴を教えてやるー。前プログラムの情報は、電子手帳には殺害人数しか載ってないからなー。よーく聞けよー。まずは、男子2番飯倉忠!」
 誰も動かない。ただ、皆注意力を窓際の最後列に向けられてるのは、確かだろう。
 飯倉忠。格好だけ見るなら、秋林より数段ワルに見える。髪は脱色してあり、耳、唇、眉など異たる所にピアスがはめられている。が、性格は極端に大人しい。と言うより起伏が無い。常に淡々としている。
「えー、飯倉は、神奈川プログラムで44人中19人殺害だな。我流のケンカ拳法で、ほとんど素手で殺害してる。おー、怖いなー」
 飯倉からは、何の反応も無かった。
「次、女子9番月見里羽羅!」
 少しだけ、皆が月見里に注目したのがわかった。俺も少しだけ視線をずらし、月見里の後頭部を見る。
「転校早々注目の的だなー。月見里は岡山プログラムで、39人中24人殺害。ほとんどだなー。射殺、斬殺、撲殺、何でもあるぞー。凄いなー」
 月見里も、何の反応も示さなかった。
「はい次―。女子13番幽月来夢」
 幽月来夢……。以外だった。
 幽月は、常にどこかオドオドしており、自信無さそうにポツンと一人でいるか、クラス委員の中里と一緒にいる事が多い。頭は良いようだが、病気がちで、しょっちゅう休んでる。一言で言えば、苛められタイプか。
「幽月はなー、岐阜プログラムで、41人中33人殺害。おおー、月見里以上だなー。全部射殺だ。こうゆう弱そうな奴が、こんな時は容赦なく殺るからなー。気をつけろよー」
 ちらりとだけ、右の列を見る。幽月は、真っ青な顔して、震えていた。本当に、こいつがやったのだろうか……?
「次、最後だー。よーく聞けよー。男子13番、前原良斬」
良斬?
 クラスが、ほんの少しどよめいた。俺も、思わず振り返る。
 教室の廊下側最後列、飯倉の反対側に当たる席。そこに、良斬は座っていた。
 良斬は、非友好的な連中の多いクラスの中で、クラス委員の中里と並んでつきあいが良かった。誰とでも気軽に接し、話し上手で、いいヤツだった。
「前原は、富山プログラムで36人中4人殺害だー。数は少ないがな、最後に17人殺してた親友を、手榴弾でドカンだー。皆も気をつけろよー」
 嘘だ。良斬はそんなヤツじゃない!そんなヤツじゃない……はずだ。な、何だ?頭が、痛い……。
「さーて、そろそろ始めよーか。もう皆、紙に、いちいち私は殺し合いをするなんて、書かなくていいだろー。さー、デイパックを配るぞー」
 兵士たちが、デイパックを一人一人配りだした。ここから出るとき、渡されるんじゃないのか?
 だが、その疑問を深く考えるほど、俺に体力が残ってなかった。頭痛が、激しくなってきてるのだ。
 俺は力なくデイパックを受け取ると、頭を抱えた。一体、どうしちまったんだ……。
 松平の声が、遠く聞こえた。
「皆、行き渡ったなー。その中に入ってる武器で戦ってもらうわけだが、会場は演習場だー。使える武器が、落ちてるかもしれないからなー。よーくさがすことー。ところで、今デイパック配ったの、変に思ったろー。実はなー、ここがいつもと違うんだー。皆には、ここで一旦眠ってもらって、別の場所から始めてもらうんだー。どこから始まるかはわかんないぞー。そこまでは、眠ってる間に兵士サンが適当に運んでくれるからなー、感謝しろよー。あ、心配しなくても、起きる時間は皆同じくらいだから、寝込みは襲われないと思うぞー。万一寝てる最中に襲われたらー、運が悪かったと思って諦めろー」
 あ……頭が……くそぉ……気が遠くなる……。
「もう眠くなってる奴もいるんじゃないかー?“大東亜暴睡13号”は、もう注入されてるからなー。先生や兵士サンは、免疫があるから大丈夫だが、初めての皆には、ちょっときついかも……」
 そこで、俺の意識は途切れた。

(残り30名)

一つ前へ  戻る  次へ