第2話 7月5日


1998年 7月5日 午後1時27分

 真っ暗な空間の中に、青白い霞が浮かんでる。それは、ゆっくりと、しかし確実に形になっていき、最後には、あいつ……広田をかたどった。
 広田は、何か言いたげにこちらを見てる。俺は、尋ねる。何が言いたい?俺にどうしろと言うんだ?しかし、俺の口は動かない。広田もまた、哀しげな視線をよこすだけで、答えない。
 そして、広田の手に手榴弾が握られる。安全弁が抜け、広田は手を振りかぶり、こちらへ……
「やめろ!」
 そこで、広田は消え、木漏れ日の溢れる木々が、目に飛び込んできた。
「良斬!良かった、目が覚めたな」
「宗弘……?」
 伏見宗弘が、いた。心配そうに、こちらを見てる。
「うなされてたから、心配したぞ。どうした?大丈夫か?」
 状況が判らなかった。ただ、左腕が無性に痛かった。


 それから、俺が朝の出来事を思い出し、状況を把握するのに10分かかった。
「いや、とにかく前原と会えてよかった」
 宗弘は、そう言った。
 俺は不思議に思った。宗弘は、俺がプログラムで、親友である広田を殺したことを知ってるはずである。にもかかわらず、俺に親しく接してくれている。
 俺が、その疑問を口にすると、
「気にならない訳じゃない……。でも、しょうがないと思うんだ。俺だってさ、実際やってきたわけだし」
と言って、宗弘は笑った。
 一瞬、涙が出そうになった。
 だが、泣いてる場合ではない。あのプログラムに、再び巻き込まれたのだ。とりあえず、生きなければ……。


 俺と宗弘は、場所を変えることにした。ここは、山に囲まれた谷状になっている演習場の、底に当たる場所にある、小さな林の中だった。林の周囲は荒地 で、見通しも利きやすい。外から林の中が見える可能性があった。
 細心の注意をして、荒地を抜けて近くの大きな森に入った。人影は、無かった。森に入ってしばらく進み、大きな樫木の根元で、腰を落ち着かせた。周囲は藪で、視界からは遮られている。
「ふぅ……えらい事になったな」
 宗弘は、そう言うと、デイパックから電子手帳を取り出し、電源を入れた。
「それが、松平の言ってたヤツか」
「あぁ。何かあると、これに表示される。ご丁寧に振動機能付だ」
 俺も、デイパックから電子手帳を取り出す。なるほど、地図、名簿等全部入ってるようだ。
「ところで、俺はどれくらい寝ていた?」
「俺が良斬を見つけたのが12時半頃。かれこれ1時間は寝てた」
 一時間誤差が出れば、松平の“起きる時間は同じくらい”は、やはり眉唾だったと言えるだろう。下手すると、本気で殺されかねない。見つけられたのが宗弘でラッキーだった。
「……いるな。もうゲームに乗った奴」
「うん。俺が起きたときには、もう一人------」
 電子手帳の、進行状況欄。そこには、すでに何行か文字が刻まれていた。
・12時14分、
米内秀和(男子15番)月見里羽羅(女子9番)に殺され、死亡した。
・12時46分、
渋沢祐希(女子6番)飯倉忠(男子2番)に殺され、死亡した。
・13時02分、
吉田知歌(女子14番)幽月来夢(女子13番)に殺され、死亡した。
 米内、渋沢、吉田……顔が脳裏を横切っては、消えていった。もう、彼らこの世にはいない。そう思うと、少し遣り切れなさがこみ上げた。
「皆、松平が言ってたやつらだな……」
「あぁ。そうだな」
「俺さ、どうしても幽月が人を殺すようには見えないんだけど……良斬は、どう思う?」
 俺は少し考えてから、言った。
「陳腐だが、人は見かけで判断できない。追い詰められると、人は何するか判らないからな」
 そうは言っても、内心俺も納得してなかった。どう考えても、ギャップがありすぎる。宗弘も、納得しかねるという様子だった。
「-----そうだ。武器を確認しておこうぜ」
 宗弘が、そう提案した
「俺は、これだ」
 そういって、宗弘が取り出したのは、強化プラスチックで組まれた射撃武器-----ボウガンだった。
「悪くないな。矢は?」
「全部で12本。6本装填してある」
 俺がデイパックをあさり、出てきたのは-------平たい、ゴムの塊のようなものが3つ……だった。説明書がついてる。
「合成樹皮の変装セット……?」
 これで人の顔型を取ると、その人物に成りすますことができる……だそうだ。
「……これでどうしろって?」
「あいつら、ふざけてやがる!」
 俺はため息をつき、宗弘はキレた。

(残り27人)

1998年 7月5日 午後2時48分
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 響く銃声。といっても、聞こえるのは、ぱららっという古のタイプライターのような音。ただ、その音に捕われれば、確実に俺の命を奪う死の音だ。
 足元の小石が、砕けた。すかさず右へ飛ぶ。さっきまでいた場所を、見えない何かが通り抜けた。
「おらおらっ!逃げても無駄だ!」
 狭山の声だ。ヒステリックに高い。キレてる。
 とっさに屈む。頭の上を、幾筋もの弾丸が、間一髪で通りすぎる。
 そのまま腹ばいで、軍用ナイフを取り出す・・・・。奴が、すぐ近くまで走りよって来た。
「だはははっ!出てこぉい!」
「うわぁ!」
 目の前を銃弾が走り、俺は思わず叫び声を上げてしまった。
「鈴木義弘ぉ、そこかぁ!」
「くっそぉっ!」
 俺は、そのまま地面を転がり、奴------狭山の前に飛び出した。
 狭山修一------見た目は、どこにでもいそうな眼鏡の秀才型だ。部活は科学部で、体力はそんなに無い、と思っていたが・・・・・。
 そんな事は無かった。サッカー部の俺の足に、余裕でついて来る。しかも、手にした得物、ウージー九ミリ・サブマシンガンを乱射しながらだ。
 それに比べ、こっちの武器は軍用ナイフ。勝負にならなかった。だが、懐に飛び込めば!
「この野郎ぉ!」
 俺は軍用ナイフを構え、狭山の腹めがけて突撃した。躊躇してる暇は無い。少しでもためらえば、こっちが死ぬ。
「ぬおぉ!」
 さ、刺さった!
 しかし、俺はその瞬間、狭山に銃身で殴られ、崩れ落ちた。そして、脳天に銃口突きつけられる。どうなってるんだ……狭山の腹には、ナイフが刺さったままなのに!
 死ぬのか、俺……。
「ヘ、運が悪かったな。冥土の土産だ、見せてやる」
 狭山は、さも楽しそうに言うと、ナイフを引き抜き、ワイシャツをめくった。そこには、全国100万部の超有名漫画雑誌がくくりつけられていた。
「くそ……そういう事かよ。俺を……殺すのか?」
「当たり前だ。殺さなきゃ、こっちが殺される。この演習場にいる人間全てが敵だ。なら、見つけた奴片っ端から殺すんだ!」
 狭山の目は、血走っていた。もう、狭山に言葉は届かない------俺は、そう思った。
 ここまでか……。

ガサッ

 茂みのゆれる音がし、俺と狭山の目が自然にそちらに向いた。そして、その茂みには……
 月見里が、立っていた。
 十メートル以上先である。右手に日本刀を下げ、深い、吸い込まれそうな大きな目で、こちらを見てる。
 ふっと、月見里の姿が消えた。そして、俺は我に帰り------
 まだ茂みに顔を向けてる狭山を跳ね飛ばし、一直線に駆け出した。
 二十メートルも走っただろうか。狭山がようやく俺にマシンガンを撃ち始めた。タイプライター音が聞こえだが、俺はそんな事無視し、ひたすら走った。石に何度も足を取られかけ、藪で体を傷つけられた。最後のタイプライター音が聞こえた時、右手に激痛が走ったが、もうかまわず無視し、俺は盆地の一番底の荒野に出ると、近くの建物めがけ、死力を尽くして走った。
 もうタイプライター音は聞こえなかった。


 鈴木め、逃したか……
 僕は、新しい弾を愛機にセットすると、月見里が出てきた茂みに近づいていった。
 しかし、この銃が僕に味方するとは思わなかった。ウージー9ミリ・サブマシンガン。前回、僕はこれに死ぬような目に合わされたのだ。だが、今は僕の強い味方だ。
 そっと、茂みを覗き込む。下手に発砲して、逃げられると面倒だ。ここは、慎重に行こう。何、相手は日本刀だ。近寄らない限り、そう簡単にやられはしない。
 ―――――いた。茂みより、はるかに手前。右手の木々の密集地の中を、長身の月見里が縫うように歩いてる。こちらには、まだ、気付いてない。
 しめた。奴はもう一人殺してるから、二人分の武器が手に入る。見たところ、銃器は持ってないみたいだ。持ってるなら、最初に使っているだろう。
 僕は木々の密集地へと入った。この辺は藪が少ない。身を隠すところが木の影しかないが、今それはこっちに有利だ。
 足場の悪い木々の間を抜け、月見里に少しずつ近づいていった。どうやら、月見里は立ち止まって周囲をうかがってるらしい。チャンスだ。僕は木の影に身を隠しつつ、愛機を構え、月見里に狙いを定めた。引き金に、指がかかり――――――
 月見里が、振り向いた。
 気付かれた!なぜだ、音一たててないっていうのに!なぜだ、なぜだ……
 僕がうろたえてる間に、月見里は、刀を構えて、こっちに向かってきた。
「落ち着け、まだ距離はある……」
 そうつぶやき、引き金に、思いっきり力を込めた。軽快な破裂音が響き、月は瞬時に蜂の巣になる……はずだった。だが、弾丸は空を切った。
 サイドステップ……避けた?バカな!10メートルも離れて無いんだぞ!鈴木の時とは違う!しかも、この足場の悪い中を、月見里はぐんぐん近寄ってくる。
「くっそおぉっ!」
 再び破裂音が響き―――――また避けた!もう目の前だぞ。この至近弾を、体を捻っただけでかわすなんて、非常識だぁ!
 くそ、もう本当に目の前だ。いくらなんでもこの距離は避けれまい!棒状の武器なら、届いてしまいそうだ!さぁ、いい加減死んでしまえぇっ!


 日本刀の血を綺麗に拭き取り、狭山修一のウージーとデイパックを拾い、元の場所に戻って鈴木の軍用ナイフを回収した。
 しかし、狭山修一は理解できなかった。プログラム経験者なら、至近距離での銃は不利以外なんでもないことを、判ってるはずだ。にもかかわらず、逃げも せず銃にこだわるとは。言動もおかしかったし、すでに精神に変調をきたしていたのかもしれない。
 辺りを見回したが、鈴木義弘はいなかった。死んだか、逃げ延びたか。どちらにせよ、武器は回収したから、良いことにした。
 その時、ブレザーの内ポケットに入れた電子手帳が、振るえた。このブレザーは、さっき殺した米内秀和から、日本刀と一緒に回収したものだ。セーラーより、ポケットが多くて使い易い。
 一瞬周囲を警戒してから、電子手帳を起動する。進行状況欄に、一行追加されていた。
・15時03分、
狭山修一(男子7番)月見里羽羅(女子9番)に殺され、死亡した。
 ……少しだけ、複雑な気持ちになった。それをすぐに振り払い、電子手帳を収め、ベルトに刀を差し、軍用ナイフを反対の内ポケットに仕舞い、ウージーを肩からかけると、その場を後にした。


「バカな、狭山がやられたとは……」
 新潟県令は、信じられんと言うふうに、首を振った。
「マシンガンを使いながら、こうもあっさり死ぬとわな。新潟県のレベルの低さがうかがえるのう」
 神奈川県令が、嬉しそうに言った。前回、神奈川代表は新潟代表に速攻で殺害されている。
 新潟県令は、悔しそうに神奈川県令を睨み、ついで岡山県令に向け、怒鳴った。
「おい岡山!アレは強化人間ではないか!そんなものを投入して、何のつもりじゃ!」
「そんなものは知らん。確かに、うちには政府陸軍の特殊人体研究施設がある。代表も、そこから遠くない中学の者じゃ。だが、わしは一切関与しとらん!」
 そうは言ったが、岡山県令の顔はにやついていた。岡山県令は、今回のプログラムに政治汚職の免責がかかっている。負けられないのだ。負ければ、国家反逆罪で処分が下る。
 新潟県令が何か反論しようとした所を、草叢が止めた。
「その位にしてもらおうか。新潟、別室に移りなさい。君はここにいる資格は剥奪された」
 新潟県令はまだ何か言いたげだったが、憮然としたまま、部屋を出て行った。草叢が言った。
「さぁ、これからも先は長い。ゆっくり茶でも楽しみながら、観戦しようではないか」
 草叢の合図とともに、紅茶と饅頭の載せられたワゴンが運ばれてきた。
 紅茶の芳香が部屋を充たし、しばし歓談が花開くのだった。


 俺が傷の応急処置を終え、さっきの場所に戻ったとき、すでに午後3時半を回っていた。辺りには、誰もいない。気配もしない。
 しばらく探索し、狭山の遺体を見つけた。脳天と腹を、刃物で一刀両断にしてる。苦しむ暇もなかったろう……。
 ただ、どうしても腑に落ちないことがあった。狭山の運動能力だ。狭山は基本的に運動音痴で、体育だけはいつも駄目だった。50メートル走も、10秒台だったはずだ。だが、さっきは別人のようだった。今まで、本気でやってなかっただけなのだろうか?
 そう思いながらも、俺は狭山のデイパックを探したが、見当たらなかった。それどころか、俺の軍用ナイフも。おそらく、狭山を殺した月見里が、回収していったか……。恐ろしいやつだ。近づかないようにしよう。
 しかし、このままでは俺の身が危ない。なんせ、今の武器は、逃げ込んだ兵士休憩所で見つけた金槌である。これで銃器の中で身を守るのは難しい。軍用ナイフのほうがまだマシだ。
 俺は、何かないかと、狭山のブレザーもあさった。その時、内ポケットに、何か異質なものを見つけた。それは、電子手帳と、一冊のハードカバーの本だった。
 本の表紙には、北斗の教えと金文字で銘打ってある。幸い、傷一ない。
それ以外には、もう何も見当たらなかった。雑誌も、斬られてボロボロで使い物になりそうにない。それに、男の腹に仕込んであったものを、使う気にもなれなかった。
 とりあえず、俺はそこを離れる事にした。月見里が戻ってくるとも限らないし、この本を落ち着いて読める場所を見つけたかった。
 兵士休憩所は、止めたほうがいいだろう。建物は基本的に危険だ。応急処置に使った救急箱は、少し欲しいが、そのためにわざわざ戻るのは少し億劫だ。
 しばらく、電子手帳に入ってる地図を睨みながら考え、とりあえず、分校方面に向かうことだけ決め、俺は歩き出した。

(残り26人)

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