第3話 7月5日


1998年 7月5日 午後4時06分

 私は、茂みの中から顔だけ覗かせ、誰もいないことを確認すると、そそくさと目の前の建物に走った。この建物、どうやら兵士休憩所らしい。窓から中を見ると、日用雑貨や本が散乱している。
 そっとドアを空け、中に入る。人の気配はない。念のため、ロッカー、机の下など人の隠れてそうな所を見て回り、誰もいないことを確認すると、畳の上に腰を下ろした。ドッと疲れが沸きあがる。思わずため息をついた。
 これから、どうなるのかな……。
 そんな事を考えると、やるせなくなる。必死に生き、生き抜いた一週間。それがまた、帰って来た。今度は、あんなに調子良くいかない。みんな、やる気だ。
 電子手帳の名簿は、すでに4人の名前が消えてる。始まって、まだ半日と立ってないのに。
 ―――――どうするの、中里翔架。
 心の中で、問い掛ける。答えは出ない。否、実際はもう出ている。このゲームにのる、という選択肢。これだけは選びたくない。ほかに、違う道はないのだろうか?
 でも、それは卑怯かもしれない。ここにいる皆は、一度戦うことを選び、乗り越え、また選択させられた。それなのに、一度も戦ってない私が、こんな事を考えるのは――――
「―――――わからないよ」
 その時、何か冷たいものが、手に触れた。ねばねばした……何?
 窓から入る光に当てて見たそれは……赤い、血!
「わぁ!」
 思わず声をあげ、畳から飛び退いた。息を切らし、ゆっくりと辺りを見回す。やはり、誰もいない。よく見ると、畳の上に血だまりがあるだけだ。近くに救急箱が出てる。応急処置でもしたのかな?
「何だ、落ち着きなさいよ……」
 自分にそう言って聞かせた。手についた血を、よく見てみる。まだ乾ききってない。血がどれくらいの速度で固まるか良く知らないが、あまり時間はたってないのかもしれない。
 とりあえず、血は水道で洗い落とすことにした。水道水が出ることと、水が金属の流しに当たる音が、意外に大きくて、驚いた。
 血を完全に洗い流し、その後、救急箱から使えそうなものだけ選んで、デイパックに移した。包帯、赤チン、栄養ドリンク、脱脂綿、ピンセット……これだけ有ればいいだろうか?
 その時だった。不意に外で響いた、雷のようなあの音は―――――銃声!
 誰か、帰ってきたんだ!私はそう思った。よく考えれば、救急箱もあるし、根城としては十分だ。しかも、銃を持ってる!
 ここは、危険だ。でも、今慌てて出てったりしたら、鉢合わせになってしまう。もし運良く会わなかったとしても、救急箱の中身が減ってれば、気付かれる。クラス一鈍足の私じゃ、すぐに追いつかれてしまう。かといって、ここにとどまるのはもっと危険だ。もう、どうしよう、どうしよう、どうしよう!
 そんなことばかり考えてる内に、ドアは勢い良く開け放れたしまった。
 あぁ、もう駄目……。


「……翔架?」
「……へ?」
 閉じた目を、うっすらと開く。戸口に立っていたのは……
「雪ちゃん!」
 芝村雪だった。
 芝村雪は、クラスの中でも仲の良い娘だった。頭が良く、勉強熱心で、進路をしっかり見定めていた。子供っぽい自分と違い、とても大人びていた。
 その雪が、ほとんど気にしないオシャレの中で、唯一手入れを怠らない長い髪を振り乱し、戸口に立っていた。夕日が逆行になって、表情は見えない。
「雪ちゃん……」
 何を言えば良いのか判らなかった。
 また銃声。
 雪が動いた。流れるような動作で私に近寄り、言った。
「時間がないわ。逃げるわよ」
 そう言うと、畳の上に置きっぱなしだった私のデイパックを拾うと、私の手をひいて外に飛び出した。何も言う間もなかった。
 外は、静かだった。鳥の声一しない。静まり返ってる------違う、緊張してるんだ。何かが、ピンと張り詰めてる。その緊張を打ち砕くかのように……銃声。
 体がびくりと震えた。
「大丈夫。ここまでは、届かないから。」
 雪は、そう言うと、あたりをうかがい、一気に飛び出した。私も、雪に手を引かれ走り出した。
 雪の足は速かった。私は、もう何も考えず、ひたすら雪についていった。


 そっと、木の影から顔を覗かせてみる。まだ居る。女子3番の、柏和美だ。さっきまで戦っていたのは……芝村、か。クラスにロングの女は少ない。芝村か、相川か、高梨か。そのあたりだろう。
 重要なのは、柏が銃を持ってるって事だ。
 ん……バイブに設定した電子手帳が震えてる。内ポケットから引っ張り出し、開く。正面、斜め右に白反応。柏の背後に居るのは、森か。男子14番だったな。検索。
 しかし、今回は中々良い物が当たった。武器は何もない代わり、簡易レーダー、生徒全データー入り電子手帳か。下手な武器よりずっと良い。
 森……テニス部か。武器はワルサーPPK9ミリ。広島県プログラムで、11人殺してる。射殺が多いな。
 こちらに飛び道具がない分、下手には動けないようだ。
 まぁ、良い。どちらかが殺したら、そっちを殺せばいいだけだ。とりあえず、他の、脅威となりうる可能性のある相手、例えば、月見里羽羅や幽月来夢、に警戒しながら、成り行きを見守ろう。
 そうして、俺、飯倉忠は、ゆっくりと近くの茂みへ移動した。


 チッ……逃したか。せっかく見つけたのに。
 やはり、いきなり撃ったのはまずかった。芝村の警戒を解いて、じっくり撃ち殺せば良かった。とりあえず、芝村を殺すまでは死ねない。アイツだけは、絶対許さない。絶対殺す。
 落ち着け。まだチャンスはあるだろう。しかし、渡りに船とはこのことだ。こんなことが無ければ、いつか刑務所覚悟で絶対殺していた
 アイツ……芝村は、彼、滝川昇を殺したに違いないんだから……。
 私の彼氏、滝川昇は、中一の頃知り合い、意気投合して告白し、恋人同士になった。その後すぐ、彼の父親が転勤になって、埼玉の中学に転校してしまったけど、私たちが住んでた栃木県からは、電車一本でいけたから、週末にはよく会ってた。そして……。
 三ヶ月前の、春真っ只中のある日曜日。待ち合わせの映画館に、彼はこなかった。結構遅刻がちな彼だったけど、約束を破ったことは一度もなかった。胸騒ぎがした。たまらず、彼の家に行き……、
 プログラムに巻き込まれたことを知った。
 彼の家で、県営放送で見た、優勝者……。忘れることが出来なかった。
 その一月後、アタシもプログラムに巻き込また。もう、やけくそだった。目に映るもの、ひたすら殺し、気付けばアタシ一人だった。
 そして、ここに来て……芝村と、出会ってしまった。あの埼玉プログラム優勝者、芝村と……。


「動くな」
 後頭部に、金属の触感があった。銃口……反射的にそれを連想する。
「誰よ……」
「森だ。残念だが死んでもらう」
 間髪入れず答えが返ってきた。無機質な声だった。
 ふっと息を入れ、右手の、ジグ・ザウエルP230・9ミリショートの引き金に、力を込める。安全装置は、解除済みだ。
「アンタ、優勝する気?」
「ただ生き抜く。それだけだ」
「そこまでして、なぜ生きるの?」
「聞いてどうする」
「死ぬ前に、私を殺す人が、何考えて殺すのかなってね。この前は、殺してばかりだったし」
 実際、よく覚えてない。本当に、がむしゃらだった。
 しばらく後、森は言った。
「生きることだけだ。俺は、ただ本能に従って、生きようとしてるだけだ。そのために、死ぬ要因を排除してるだけ」
 ふっと、力が抜けた。こいつも、ただがむしゃらに、やけくそに生きようとしてるだけ。前のアタシと一緒なんだ……。
 こいつには、どうあがいても勝てない。なんとなく、判ってしまった。
「最後に、もう一つ聞かせて。何で、すぐ後ろから撃たなかったの?」
「外したくない。防弾チョッキでも着ていたら、面倒だから」
 すぐに答えが返ってきた。完璧だ。生きることしか考えてない。こうやって銃を突きつけてる今も、警戒を怠ってない。多分、こいつが優勝だ。前回、私が優勝できたのは、多分、こいつと同じように、ただひたすら生きようとしたから……だろう。でも、今回は、芝村にとらわれすぎた、かも知れない……。そもそも、芝村を逃した後、余計な事考えずに、さっさと移動するべきだった。これだけ発砲したんだから、“狩る側”の人間が集まってくるに決まってる。
 しかし、このまま死ぬのも癪だ。芝村は、ついに殺せずじまいだったし。芝村が優勝しない限り、きっと殺されるだろうけど。
 あぁ、昇、仇、討てなかったけど、そっちいくね……。
「いいよ、もう……」


・16時38分、
柏和美(女子3番)森博則(男子14番)に殺され、死亡した。
 俺は、電子手帳でそれを確認すると、私物のメリケンサックを右手に嵌め、左手に、渋沢から奪ったバタフライナイフを忍ばせ、音を立てずに立ち上がった。
 こちらに気付いてないとはいえ、相手は銃を所持している。しかも、扱いは手馴れてるようだ。用心に越したことはない。
 一気に、奇襲。それが、俺の最良の戦法にして、どんなゲームにも通じる必勝法。前回のゲームで、あえて銃を使わず、メリケンサックで過ごしたのも、これのためだ。
 人間、下手に銃など持つと、それにかまけて隙ができる。前回は、早い段階から防弾チョッキが手に入ったこともあって、思い切って銃は見つけるたびに池に捨てた。結果として、それは正解だった。最後にイングラムを所持してた奴など、愚かにも眠り込んでいた。俺はそいつの顔面を一撃で粉砕した。
 そう、これはゲームだ。コンテニューは効かないが、この世でもっとも面白いゲーム。ゲーム感覚を持ってすれば、大抵の事は上手くやっていける。
 そう、世の中ゲームだった。俺を残してとっと死んだ両親、引き取られた先の、陰険な親戚共、うざったい学校のセンコー共、横浜繁華街を牛耳るヤクザ… …俺にとっては、ゲームとして捕らえていかなければ、やっていけなかった……。
 おっと、ゲームにそんな感傷は無用。
 改めて森を見た。警戒が解けてない。……こいつは、強者だ
 森は、柏のデイパックを抱え、右手にワルサーPPK9ミリを構えつつ、辺りも見回し……
 いきなり走り出した。
「チッ……」
 まずい。ここから走れば、絶対音がする。気付かれる。危険だ。
 ゲームオーバーは許されない。危ない橋は、渡るべきではないだろう……。
 俺は、電子手帳で周囲に誰もいないことを確認し、森とは反対方向に向かって、歩き出した。

(残り25人)


1998年 7月5日 午後6時35分

 日が、西の稜線に消えようとしていた。空は朱に染まり、それも、少しずつ闇に蝕まれ、消え去ろうとしている。やがて、周囲に闇の帳が落ち……夜が来る。 私、高梨千早は、今まで潜んでいた、山の中ほどにある小さな洞穴から身を出し、それを見ていた。
「フゥ……」
 そして、私の時間が来るのだ。夜の闇に覆われた世界こそ、私が生きるに相応しい。
「ち、千早……」
 後ろで、弱々しくうなったのは、友人の瀬川幸子だ。今は、雑貨倉庫で見つけた荒縄で縛り上げてあるが。その後ろには、同じように縛られた伊東本治が、ふてくされたように座っている。
「おい、いつまで縛ってるんだ。殺す気なら、さっさと殺せ!」
 伊東が、こちらを見てることに気付き、声を荒げた。
「そうはいかないよ。君らには、ひと働きしてもらうんだ」
「何……?」
 私がそう言うと、わけがわからぬという風に、二人は顔をしかめた。
 さて、日没も見届けたし、そろそろ始めるとするか……。私は、近くの雑木林で見つけた手ごろな木の棒を、ゆっくりと持ち上げた。
 二人の顔色が、サッと変わる。
「心配しなくてもいいよ。殺しはしないから」
 私は、棒を地面に突き刺すと、先を使い、地面に直径4メートルほどの円を描いた。この洞穴の幅ギリギリである。次に、私物の入ったバックから一冊の本を取り出し、めくった。造作なく目当てのページを見つけると、そこにかかれたとおりに、円の中に文字を加えていく。15分もたっただろうか、それが完成した。
私は二人に向かって、入った。
「さぁ、この中に入りたまえ」
「な、何だそれ……」
「魔法陣さ」
 荒縄の端を持ち、二人を立たせると、魔法陣の中央に座らせた。二人とも、訳がわからないといった顔をしている。まぁ、それももっともだろう。わたしは、続いて自分のかばんから線香を取り出し、火をつけると二人の前に置いた。二人はいよいよ首をかしげる。
 私は、木の棒をその辺に立てかけると、洞穴の入り口の前に腰掛けた。入り口は半分岩で埋もれており、外からは洞穴と判らなくなっている。無論、中も見えない。私は言った。
「さて、少し話をしよう……。そうだな、私が徳山で優勝したときの話なんて、どうかな?」
 幸子は、ぼうとこちらを眺めている。伊東はじっと睨んでいた。かまわず話し続ける。
「徳山は少子化が酷くてね。クラスは、そう、確か24人だったはずだ。もう、顔も覚えてないよ。あんなクラスは、遅かれ早かれ、滅ぶべきだと思ってたけどね。まったく、赦しがたい連中の集まりだった。差別的で、能天気で……まぁ、この辺りは良いだろう」
 暗くなってきた。さすがに明かりをつける気にはならない。
「話が逸れたね。そう、プログラムの時の話だ。私はね、結局この手では一人も殺さなかった。ただの一人もね」
 二人が、わずかに反応した。幸子はえっと声をあげ、伊東は目を剥く。
「幸子、私が非公式に、魔術同好会などというものを作っているのは知ってるね。もっとも、同好の者などいないし、存在自体知られてないんだが……。まぁ、理科室などの普段の家には無い実験器具を借りて、色々と楽しいことを行うのだが」
 風で、杖がカタリと倒れた。
「前の学校では、皆馬鹿にしていた。真面目だったのは、私と二級上だった先輩だけだったよ。特に、二級上の先輩が卒業してからは、どんどん寂れて、終いには廃部になってしまった。私一個人を無視してね。そして、ちょうど引き取り手の無い部の荷物を持って帰ろうとした日、プログラムが行われたんだ。そこで、私はあることを試したんだ。ちょうど、君らのように二人ほど捕まえて」
 二人にもう反応は無かった。
「とある黒魔術でね……。かけられた人間は、術者の命令通りに動く、ただの人形となる。私はその二人を使って、他の生徒を殺させたんだ。最後にその二人が残ったんで、互いの眉間に銃を突きつけさせて、同時に殺させた。中々壮観な光景だったよ」
 二人は完全に無反応だった。私はそれを確かめると、さらに言った。
「君らも、そうなってもらうんだ。他の生徒を殺し、いなくなったら互いに殺しあってもらう。いいね、殺すんだ。他の生徒を……」
 それをしばらく繰り返した。二人からは相変わらず反応は無く、聞こえてるかどうかも判らなかった。
 すでに洞窟は闇の中だった。私は線香の小さな火を見つけると、それを消し、ペンライトを灯して、それを頼りに二人の縄を解いた。そして、二人の武器、幸子にはチェコ製Cz・M75を、伊東にはトンファーを渡した。トンファー、というものに若干弱さを感じるが、伊東は体格もよく、以前ボクシングをしていたと聞いたことがあるので、問題無いだろう。それに、今の二人の状態はためらうことを知らない上、普段無意識にセーブされる力をも100%発揮する。前回の二人など、包丁とバットだったが、問題なく全員殺害してきた。
 2人に武器を渡すと、もう一度、先ほどの言葉を繰り返し、外に繰り出させた。出るときは慎重に警戒し、二人には違う方向ヘ向かわせた。
 2人が去った後、線香をかたづけ、一息ついた。
 2人は上手くやるだろうか……。駄目なら、私が動くしかない。ちらりと、スカートのポケットに仕舞ったブローニング・ハイパワー9ミリを見る。幸い、今回は 電子手帳の御蔭で、外にわざわざ死亡確認に回らなくて良い。
それにしても、黒魔術か……。上手くいくものだな。実際、私は黒魔術など行ってはいない。どこにも不可思議な力は働いてはいない。単純に、この線香、これが、強烈な催眠効果をもたらす麻薬なだけ。自分は風上でひたすら語り、後はこの洞窟という舞台設定と、聴覚以外を遮断する闇と、半催眠状況で無意識に命令を植え付ける言葉。これだけで、人は簡単に心を無くし、人形となる。脆いものだ……。
 そう言う私も、幼い時から苛めぬかれ、すでに人形と化してるのかもしれないが……。

(残り25人)

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