第4話 7月5日


1998年 7月5日 午後8時46分

 そこからは、下り坂になっていた。坂の上からは、分校の、窓に張られた黒いセロファンからもれた灯が、よく見える。
「うっし、いくぜ」
 隣で、秋林瑠夜羽がイングラムM10サブマシンガンのセーフティロックを外した。俺も、コルト・ハイウェイパトロールマン35口径のロックを解除する。
 俺は言った。
「瑠夜羽、取り合えず、藪の中を進もうぜ。真正面からは、危険過ぎるし」
「判ってるさ、夜魄」
 それから、俺たち、秋林瑠夜羽と陰森夜魄は、右手の藪を黙々と進んだ。俺も瑠夜羽も、倉庫で見つけた専守防衛軍、通称政府軍の迷彩服を着てる上、迷彩ヘルメットまでかぶっているので、今にも見失いそうだ。
 瑠夜羽が、ボソリと言った。
「後100メートルも無い……。しかし、禁止エリアもかけないで、何考えてるんだ……?」
「もういいじゃないか。散々話したし、実際禁止エリアじゃないんだから」
 そう――――分校が、なぜか禁止エリアではないのである。電子手帳で念入りにチェックしたが、禁止エリアを示す赤ランプは点ってない。最初は故障かと思ったが、偶然合流出来た瑠夜羽の電子手帳を見て、そうでないことに気付いた。そして、瑠夜羽と出した結論。
 分校強襲。
 成功率が低いのは判ってる。この、何時の間にか引っ付いていた、忌まわしい首輪のせいで、こちらの動きは筒抜けだろう。無論、盗聴器の存在もある。だから、瑠夜羽との相談は全部筆談だった。こちらの動きはつかめても、分校強襲計画まではばれてないはずだ。
 その辺の隙を突けば、あるいは、何とか……。
 分校まで50メートル付近。俺たちは立ち止まった。
「よし、準備はいいな」
「瑠夜羽、りんご」
「おう」
 りんごは、迷彩服と同じ武器庫で見つけた、手榴弾のことだ。盗聴器で悟られないように、隠語を使っている。
 瑠夜羽は頷いた。俺も頷き返す。
 ここからは無言だ。まず、この50メートルを一気に駆け抜ける。兵士が飛び出す前に、手榴弾を投擲。校舎が破壊された隙に、裏に回り、職員室の裏口をぶち破り突入。そして、室内にいる人間を全員射殺する。おそらく、これ以上無いと思われる計画だ。伊達に軍事研究会やってはいない。問題は、職員室に誰もいなかった場合だが……。そのときは、残りの手榴弾で、分校そのものを破壊することも考えてる。
 まぁ、どちらにしろいちかばちかだ。賭けるしかない。
 俺は、コルトのグリップを握り締めた。


「M1、M4、本部手前50米で停止」
「盗聴器からはたいしたネタは無し」
「うーん、やっぱり来たか。案外気付くもんだなー」
 長野県立井草町中学校千丈村分校の、職員室。松平銃治は、国産煙草“野性的七”をふかしながら、のんびりと言った。
「松平臨時少佐、い号小隊出しますか?」
「M12と13はどーしてる?」
「M1、4後方約100米の山肌の地点で、停止中です。おそらく様子をうかがっているのではないかと」
「よし、猪木大尉を出せー。見せしめに、派手に殺っちゃおう」
「了解。猪木大尉、出撃命令です」
「さて、中々面白いものが見れますよー、センセ」
 松平は楽しそうにそう言うと、こちらを見た。


「いた、あそこだ。分校の手前。ヘルメットが2つ」
 宗弘が、双眼鏡を覗きながら、言った。
「さっき見かけた、秋林と陰森か」
「多分」
 宗弘は、双眼鏡から目を離さず言う。
「なぁ、前原……。もしかして、あいつらも、分校襲う気かな」
「可能性は高いな」
「どうする……?」
 そう、俺たちも襲いに来たのである。分校を。いや、襲うというほどでもないかもしれない。どっちかというと、偵察みたいなものだ。だが、近い内に襲うつもりではある。今はさすがに無理だ。まともな武器は、ボウガンと、双眼鏡と一緒に兵士休憩所で見つけたモップだけだ。とても勝ち目が無い。だから、こうして離れた藪で身を隠している。
「俺たちじゃ何も出来ない。静観しとこう」
「でもさ……」
 伏見はこちらを向いた。
「やっぱり、大人数で行った方が……」
「良いとは限らんさ」
「……」
 宗弘は不満そうに双眼鏡を覗き、あっと声をあげた。
「どうした?」
「誰か、分校から出てきた」


「な、何だありゃ」
 喋らないと決めていた秋林が、つぶやいた。実際、俺も作戦どうこうよりそう思って、口に出しそうになってしまった。
 そいつは、正に巨人だった。身長2メートル以上の、巨大な影だった。なにやら、筒状のものを肩に背負っている。
「おーい、そこの二人!大人しく出て来い!」
 凄まじい大声があたりに響いた。
「校舎から出てきたってことは、政府軍か?」
 俺も、思わずつぶやく。
「ケッ、何の真似かしらねぇが、アイツからぶっ殺してやる!」
 瑠夜羽はそう言うと、藪から飛び出した。
「おい、待てよ瑠夜羽!」
 俺も後を追って急いで飛び出したが、瑠夜羽はすでに分校めがけ走り出していた。右手にイングラムを構え、左手に手榴弾を持ってる。
 巨人が、肩に背負った筒状の物体を、瑠夜羽に構えた。
「……?」
 ンムフフフ、という不気味な笑い声を、聞いた気がした。だが、それを確かめることは出来なかった。直後、俺は凄まじい轟音と衝撃に襲われ、俺は吹き飛ばされた。


爆発。
 秋林が走り出したのはわかった。だが、そこから後の様子が、全く判らない。
「……一体、何だ?」
 あまりの音に尻餅ついていた宗弘が、やっと起き上がって双眼鏡を覗いた。
「どうなってる?」
「待って……あ、一人見つけた。秋林か陰森かはわかんない。一人しかいない。分校近くの藪と道が、燃えてる。あっちで立ってるのは……」
 宗弘は一旦目を離し、倍率を調整して、再度双眼鏡を覗いた。
「煙で、よく見えない……ん……あれ……もしかして……あぁ!」
 伏見は身を乗り出した。慌てて、裾をつかんで藪に戻す。
「おい、一体どうした?」
「い、猪木だ……猪木だよ!」
「はぁ?」
 取り合えず、俺は宗弘から双眼鏡をもぎ取り、分校方面を見た。
 木々や草を燃やす炎で、分校が赤々と照らされている。その中に、一人だけ立ってる人物がいる。火の明かりに照らされ、表情がはっきりと見て取れた。
「あれは……アソトニオ猪木!?」
 「い、言ったじゃないか!猪木だよ猪木!」
 そういえば、宗弘はプロレスファンだって、前に聞いた気がした。
 そのとき、内ポケットに振動を感じた。電子手帳だ。俺と伏見は、あわただしくそれを開く。
・21時14分、
秋林瑠夜羽(男子1番)アソトニオ猪木(政府軍春一番)に殺され、死亡した。
「おい宗弘!逃げるぞ!」
「え……?」
「向こうはこっちの場所も判ってるはずだ。あんなので攻撃されたら、ひとたまりも無い!」
「お、おう」
 俺はもう一度だけ、分校を見た。
「今に見てろよ……」


 陰森夜魄は、暗い道をひたすら走っていた。
 もう何度足をとられ転んだか、判らない。その都度、どこかを痛め傷つけたが、それさえも目に入らなかった。ただひたすら、逃げていた。右手にコルト・ハイウェイパトロールマン35口径を握り締め、左手には、秋林瑠夜羽のイングラムM10サブマシンガンを抱えていた。爆発後、陰森の足元に転がって来たものだった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 陰森が走る足をようやく休めた時には、すでに森の奥深くに迷い込んでいた。周りを見回し、程よい大きさの木の根元に、腰を下ろす。両手は銃を掴んだままだ。
「く、くそぉ……あれは、無反動砲じゃないか……なんてものを、使いやがるんだ……」
 さすがに軍事研究会というだけあって、武器には詳しいようだ。少し目にしただけで、猪木大尉が84ミリ無反動砲カールグフタスを使用したことを見抜いたらしい。
「政府の連中め……よくも瑠夜羽を……絶対ぶっ殺してやる……」
 そんな事をつぶやいたときだった。草むらが揺れる音が聞こえ、陰森はびくりと動いた。そして、そっと立ち上がる。銃を両手で構え、音のした方をじっと警戒した。
 ヒュッと、空を切る音がして、飛んできたのは、石ころだった。それは、陰森の左肩に命中する。
「くぁっ……」
 陰森の口から、うめきが漏れた。イングラムが、音を立てて落下する。左肩に、血がにじんだ。
「くそぉっ、誰だ!」
 陰森は、痛みに顔をしかめつつ、叫んだ。怒りで我を忘れているようだ。そんな陰森の前に、しなやかな動きで黒い影が現れた。陰森は、大声を上げる。
「鈴木!てめぇか!」
 それは、どうやら出席番号8番鈴木義弘らしかった。陰森は、右手のコルトを鈴木に向ける。だが、鈴木の動きは陰森の反応速度を超えていた。
 鈴木の左手から剛速球で石ころが投擲され、陰森のコルトを直撃する。コルトは分解した。驚愕する陰森。だがその時すでに、鈴木は次の行動に移っていた。人間離れした跳躍力で陰森の後ろを取ったのだ。その時、陰森はようやく鈴木の異常さに気付いたようだった。懐から、手榴弾を取り出しかけ―――― ―その腕は停止した。
 鈴木の右手に持った金槌が、陰森の頭にめり込んでいた。即死だった。
・21時31分、
陰森夜魄(男子4番)鈴木義弘(男子8番)に殺され、死亡した。
 その文字が、生徒の電子手帳に現れたはずだが、そこにいるものは誰も確認しなかった。
 ただ、鈴木は、現れたときと同じように、獣のような動きで闇に消えた。
 そこには、頭の潰れた陰森の死体と、放置されたイングラムM10サブマシンガンが残された。
「何見てるんですかー、センセ」
 不意に、プログラム担当官の松平が現れ、モニタを覗き込んだ。
「おっ、こりゃー陰森ですか。E-01の第7カメラ?ちょうど、ここから逃げた所をガツンとですな。なぜこれを?」
「ちょうど、私の開発武器を手にした鈴木が、ここにいたのでな。研究成果を見ていたのだ」
「エーと、センセの専門は脳外科でしたっけ?」
 松平の問いに、私は黙って頷く。それは表向きだが。
「後学のために聞きますが、どういった武器で?」
「……サブリミナル効果というのを知っているかな?テレビなどで、人間には見えない割合でメッセージを入れ、視聴者に一種の暗示をかける」
「えーっと、政府の公営放送で使う奴ですなー」
「そうだ。これが国債購入や反乱分子密告に一役買っているわけだが……。私が開発したのは、サブリミナル効果を発する書物なのだ」
「ほー、本ですか」
「この書物を読むと、ある種の暗示にかかるようになっている。原理は省くが……この書物が実用化すれば、本はおろか雑誌、新聞にも利用が可能だ」
「それはすばらしーですなー。教科書にも行えば、教育も進歩します」
「今回投入したのは、その原理を応用した、肉体改造書だ。この書は、闘争本能を剥き出しさせ、同時に死への恐れを極端に減らす。最低限の自己防御だけを行い、常に攻撃に徹するだろう。それだけではない。これは、脳だけではく各種神経までも影響を与える。筋力が強化されるのではない。神経伝達が以上に早まり、瞬発力が発達する。五感も敏感になる。だから、ものを投げたり、避けたりする能力が飛躍的に高まっているのだ」
「ナルホド。判るよーなそうでないような説明でしたが、まーいいです。でも、知能は低くなってるんじゃありません?」
「イングラムの事か。おそらく、闘争本能が刺激されたせいで、原始的な武器を好むようになったのではないかな?それとも、単純に思考が鈍ってるだけかこれは研究価値してみる必要がありそうだ」
 そう言うと、私は煙草に火をつけた。
「しかしですなー、最初にあの本を見つけた、狭山はどうしたんです?月見里に簡単にやられたじゃないですか?」
「M7か。単純に、飛ばし読みしたのだよ。だから、あのように中途半端な結果が出てしまった。相手は、あの月見里だったしな。だが、鈴木は違う。これは結果に期待できる」
 まぁ、これはほんのお遊びに過ぎぬのだがな……心の中で、そう付け加えた。
 今回、真に恐るべき試作兵器が、多数投入されている。このプログラムが今まで以上に激戦となるのは、必死だ。もしそれらの兵器を、生徒らが上手く使いこなすことができれば……
 政府軍とまともに戦うことも可能であろう。少なくとも、少人数でここを占拠することくらい、可能だ。だが、敢えてそれを松平には言わなかった。

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