第5話 7月6日


1998年 7月5日 午後11時28分

 カタカタと、指がキーボートを走る音だけが、暗い部屋に響く。
 あらゆる準備を終え、時計に目をやる。午前零時32分前。何とか間に合った。ゆっくりと深呼吸し、Enterキーを押す。しばらく後、予想通り三つの記号が出現した。
「やった!」
 思わず指を鳴らす。が、すぐに思いとどまり、辺りを見回す。大丈夫、誰もいない。気配もしない。ふっと、ため息をつき、その記号と電子手帳に内蔵された地図を確認した。よかった、ここは大丈夫。なんだか力が抜け、古ぼけて錆びた回転脚に、身を預けた。
 ―――――しかし、本当に成功するとは思わなかった。ハッキング。
 私、西園寺香澄は根っからのハッカーだ。幼いころからパソコンをいじり、今では政府機密にだって侵入できる。名古屋の裏道では、“F”という呼称で結構有名だ。そんな私が、つい1週間前手に入れた情報。
 “香川県で、プログラム中に本部コンピュータをハックした奴がいる”
 これを知ったとき、愕然とした。まさか、あんな設備も無い所からハッキングするなんて。多分自前のノートPCを持ち込んでたんだろうけど、それでも凄い。実際、あの状況を体感したから、その凄さが一層大きく見える。片や、裏道で有名なあたしは、ひたすら逃げて、罠を仕掛けて息を潜めてただけだ。
 これはもう、どうかと。一体私は何してたんだ。
 猛然と、ライバル心が沸き起こった。いつか、私だって―――――
 そんな事を考えてるはじから、こんな事態だ。皆は嫌だと思うけど、私ははっきり言って、ほんの少しだけ、嬉しかった。それに、今回は多分脱出できる。そのハッキングがあったプログラムでも、脱走者が出た。多分、ハッキングした奴と同一人物に違いない。
 誰かに出来るんなら、私にだって出来る。
 そうして、ハッキングに取り掛かったんだけど……これが意外に難しかった。まず電源が無い。ネットワークが無い。PCは自前のがたまたま有ったからいいものの、他のものは何一つ無かった。仕方なく、放置された車の、車用バッテリーを探し出して四苦八苦しながら電圧を調節し、自分の改造携帯を分解してネットワークに繋げた。落ち着いて作業できる場所を探して1時間以上うろつき、荒野の中の廃墟に、この隠し地下室を見つけたのが午後7時過ぎだった。まぁ、ここはいい発見だったかもしれない。真上を人が通れば、声まで聞こえるけど、そう簡単に見つからない。巧妙に隠された政府のカメラがあったけど、ばれないように少しだけ電池をずらしておいた。
 ただ、一つだけ気になるのは、もう殺し合いが始まってることだ。大分前に、遠くで爆音も聞こえた。やっぱり、皆経験者だけあって、もうやる気なんだ。もう、信用できないし、してくれないだろうな、脱出できるなんて。
 そうだ……あの人は無事だろうか。それだけが心配だ。とにかく、いずれあの人とも合流しないと……。あの人と一緒に脱出しないと、意味が無い。
 今焦っても仕方ない。まだ、次回禁止エリアが判っただけだ。分校のコンピュータ、どうやらシステムごとにマシンが独立して、互いにつながってないみたいだ。次は、電子手帳関係、首輪関係にハックかけないと……あーもう!何でこんな面倒なことしてるの!全部ホストコンピュータにつなげておけば、そこを制圧すればいいのに!
 カシッ……という、わずかな音がして、私は呼吸を止めた。そのまま、上を見る。誰か、来た。
 いったんPCをスリープさせる。音を立てないよう、細心の注意を払いながらディパックを引き寄せ、レミントンM31RS、ショットガンを取り出す。セーフティロックを外し、コンクリ製の階段を静かに昇り、階段最上部、地上のフタ近くで息を潜めた。
 一体誰?ここばれてる?カメラの点検に来た政府軍?もし、松平が言ってた4人の内の誰かだったらどうしよう?……?マークが際限なく浮かぶ……。
「はぁ、はぁ、はぁ……ここで、ちょ、ちょっと休んでいかないか?もう、ここまでくれば……」
 こ、この声!あの人だ!凄いナイスタイミング!
 急いで、フタをこじ開ける。そして、言った。
「宗弘!よかった、いいところで……え?」
 そこにいたのは、腰を抜かした伏見と、あの前原だった……。


「ねぇ、どういうこと!よりにもよって、前原と一緒なんて!松平の話聞いてなかったの!?」
 いきなり現れた西園寺香澄は、完全にヒステリィに陥っていた。
「おい、落ち着け!大声出すなよ、なぁ、おい」
 懸命になだめているのは、宗弘だ。
 取り合えず、今俺たちは地下室にいる。西園寺がいきなり出てきた地下室だ。中は、机と椅子が一脚ずつあり、机の上にはパソコンがのっている。隣にも部屋があるようだ。扉の無い入り口と、崩れた壁がある。明かりが無いので、奥はよくわからない。
「とりあえず!前原は、隣の部屋にいて!」
 西園が、ビシッと指を突きつけていった。
「……嫌われたもんだ」
 俺は苦笑するしかなかった。伏見は頭をたれて、俺に向かって手を合わせてる。
 隣は、暗かった。ポケットからライターを取り出し、火をつける。幾分辺りが見えるようになった。ここはどうやら、シェルターのようなものらしい。西園寺がフタと呼んでいたここの入り口は、どうやらハッチのようだったし、間違いないだろう。非常食とかもおいてある。手にとって、ざっとみてみたが、賞味期限も切れてないし、開封した跡も無い。食べられるだろうか?
 隣の部屋からは、ぎゃーぎゃーと西園寺の声が聞こえる。詳しくは聞き取れないが、俺の処遇をどうこう言ってるのだろう。しかし、松平も面倒な事しやがる……。元はといえば、アイツの一言のせいだ……。にしても、仲良いな、あの二人。まぁ、あの二人が付き合ってることは、クラスじゃ有名だったが。
 ま、今考えても仕方ない。俺は床に腰を下ろした。どうしても西園寺が俺を認めないなら、宗弘と別れ、ここを去るだけだ。結論が出るまでは、ゆっくりしよう。何せ、分校の一件以来、ひたすら落ち着ける場所を探して歩き通しだった。秋林は政府軍の、何故かアソトニオ猪木に殺され、逃げたはずの陰森も、近くに潜んでいたと思われる鈴木に殺された。あの一帯は危険だ。
 あっ、そういえば禁止エリアはどうなったんだ?確かランダムだとかぬかしてたな。今は……あ、もう0時過ぎてら。どうやら、大丈夫らしかったな……。電子手帳を開くと、
・00時00分、
南村神社(G-6)鳫野川(D-1・D-2・D-3)兵士休憩所(C-6)が、禁止エリアに追加された。
 とあった。地域ごとに面積が違うのか。また面倒な事を……。
・00時00分、
若槻正史(男子16番)が、禁止エリアのため死亡した。
・00時00分、
児玉奈央子(女子4番)が、禁止エリアのため死亡した。
 という情報も入っていた。何か、やりきれないな……。
 隣はまだ騒いでいる。あんなに騒いで、上に聞こえないのだろうか。だが、顔を出すのが億劫だった。なんとなく、もうどうでも良くなってきてしまった……。

(残り21人)

1998年 7月6日 午前1時24分
 松平は、珍しく難しい顔でディスプレイを見ていた。私は、特に生徒の動きも無くなり、暇だったので、綾取りでもしながらその様子をじっと見ていた。
「うーん、おい、い号小隊を呼んで」
 ひとしきり悩んだ後、松平は部下にそう声をかけると、こちらに振り向いた。
「暇そうですなー、センセ」
「うむ、暇だ」
「しっかし、動きが有りませんなー。M4が殺されて以来、全く音沙汰が無い。スケジュールもないし、どうしたものでしょーな」
「それは仕方の無いことだ」
 そう言うと、私は綾取りをおき、番茶を啜った。
「皆、経験者だからな。大概は、滅多に歩き回らずじっと鳴りを潜めている。それが、プログラムの必勝法だからな。自分のテリトリーに侵入したものを襲うのが、一番生き残りやすい。それに、今回は禁止エリアはランダムだ。どこが禁止エリアかわからなくては、動きようがない。スケジュールを優先するなら、禁止エリア指定をランダムにするより、数を増やすべきだ」
「だから、皆動かないんですねー。ランダムは失敗か。でも、それじゃ運営側としては困るんですなー。禁止エリア増やすと不運な奴が増えるだろうし。だから、日の出とともに一小隊を会場に散らせます。転校生、としてね」
「意図的に、狩る者を造るわけか」
「少し、混ぜてやらないとねー」
「うむ……君、お代わり頼む」
 そう言って、私は空になった湯飲みを、近くの兵士に渡した。あ、こっちもなーと松平が言った。
「松平臨時少佐、F12のハッキングルート、発見しました。どうしますか?」
 別のディスプレイにかじりつき、キーボードを盛んに打っていた技術官が、言った。
「ほっといていーよ。他に進入したり、禁止エリア指定プログラムにちょっかいかけるよーなら、ガダルカナル爆破ねー。見てるだけなら許す」
「了解」
「良いのかね?」
 私は、再び綾取りを始めながら、聞いた。
「ま、そのくらいは大目に見ますよ。言動は危ないんで、よく注意するよう言ってありますがねー」
「ふむ……君、取れるかい?」
 あ、綾取りなら任せてくださいよー、と、松平はうれしそうに言った。

(残り21人)

1998年 7月6日 午前7時31分
「……ーい、前原、いい加減起きろよ。なぁおいってば!」
「……あ?」
 いきなり、宗弘の顔が目の前にあった。
「お、起きた起きた」
 俺、何時の間にか寝てたのか。全くいい気なもんだ……。なんかこう、緊張感がないな、俺。
「全く、この非常時にグースカ寝れるなんて、どういう神経してるのよ……」
 宗弘の後ろに、西園寺が立っていた。髪はボサボサで、目元にはうっすらと隈が出来ている。寝てないようだ。
「結局、一晩中話してたのか。で、どうするんだ?」
 そう言って、宗弘を見た。宗弘は、比較的元気そうだった。
「あぁ……それについてはな」
 宗弘は、西園寺をちらりと見た。西園寺は、憮然として、言った。
「……宗弘に免じて、信用したげる」
「つー訳だ。苦労したぜ。一晩中説得して……」
「割に、元気そうだな」
 俺は、思わず笑った。よくわからないが、何故かおかしかった。
「そんじゃあまぁ、よろしく頼むわ」
「えぇ。仲良くしましょ」
 そう言って、西園寺もクスリと笑った。


「さーて、いろいろやることがあるぜ。取り合えず、これを見てみてくれ」
 宗弘は、すでに開かれた電子手帳を、俺に渡した。そこには、新たに5行、加えられていた。
・06時14分、林辰巳(政府軍少尉一番)が転校してきた。
・06時14分、阿部忠臣(政府軍軍曹一番)が転校してきた。
・06時14分、小磯邦雄(政府軍軍曹二番)が転校してきた。
・06時14分、平沼和彦(政府軍軍曹三番)が転校してきた。
・06時14分、広田項一(政府軍軍曹四番)が転校してきた。

「政府軍!?奴らもこのゲームに参加するって言うのか!」
「そうらしい。一体何考えてるんだ、奴ら……」
「多分、生徒に動きがないんで、業を煮やしたのね。宗弘から聞いたけど、分校に襲撃かけた連中もいるんでしょう?管理側としては、苛つくのも当然ね」
 宗弘が怒り、西園寺が冷静に分析する。だが、俺はある一点で目を釘付けにされた。
 広田、項一……だと?
「……どうしたの?」
 俺の異常をいち早く察知した西園寺が、言った。宗弘も、俺の顔を見る。俺は、勤めて平静を装い、言った。
「いや、別に……」
「嘘ね」
 簡単に看過された。
「隠し事はないほうが良いわよ。特に、これから共闘する者同士はね……。信用、無くすよ」
「………」
「………」
「………」
「……煙草一本、吸わせてくれ」
 西園が、黙って頷く。宗弘は、圧倒されたかのように、固唾を飲んで見守っている。
 内ポケットからワイルドセブンを取り出し、火をつける。少し湿気ていて、上手くなかった。それでも落ち着く。煙草は脳の血管を収縮させ、頭を冷やすと何かの本で読んだことがある。ナルホド、こんな状況のことか……。
 しばらく、取り留めのない思考が続いた。部屋は、朝とは思えぬほど、暗い。光ってるのは、支給品のランプモードにされた懐中電灯、俺の煙草の火。このワイルドセブン、英語は敵性語だとか言って、政府内部では“野性的七”とか呼ぶらしい。云々……。
 やがて、灰が落ちた。俺は煙草を捨てると、踏みつけ、言った。
「そこに広田項一って名があるだろ。そいつな……松平が言ってた、前のプログラムで最後に殺した俺のダチの……兄貴なんだ。それで一瞬びびったんだ。たったそれだけだ」
 それだけ喋ってるあいだにも、あのときの瞬間がありありと浮かび、左腕を押さえた。
「………」
 二人は無言だった。やがて、西園寺がポツリと言った。
「……ごめん。つらいこと、思い出させたね」
「やけに素直に謝るな」
 思わず、皮肉が出てしまった。が、西園寺はそんな事は意に介さず、
「共闘する仲だから。しこりは残したくないわ」
 といって、部屋を出て行った。
「前原……」
 宗弘が、心配そうに見ている
「もう大丈夫だ。心配無い」
「あんまり、無理するなよ」
「あぁ」
 そう云うと、俺と宗弘は隣の部屋に向かった。
 隣の部屋は、懐中電灯の代わりにろうそくが何本か、立てられていた。
「はい、前原の分。勝手にあさらせてもらったよ、ディパック」
 西園寺は、皿にのった、こんがりとは言いがたく、所々局地的にこげたパンを差し出した。
「……何?これ」
「朝ご飯。ろうそくで焼いたから、変に焼けたけど。焼かないよりましだと思う」
 朝ご飯だ?どういう神経してるか、聞きたいのはこっちだ……。
 まぁ、取り合えず気を取り直し、一口放張る……うっ。
「焼かないほうが、良いんじゃないか……?」
 中まで焼けてない。表面が焦げてるだけだ。酷い所では、完全に炭化している。
「焼かないパンなんて、不衛生で食べられないわよ。大体、こんな粗末なパンを食べること事態、前回のプログラム以来だし」
 西園寺は、平然と言い放った。そのとき、俺は思い出した。西園寺は、確か財閥総帥の息女で、もの凄いお嬢様だったことを……。


「さて、これからどうする」
 炭化したパンを、無理やり腹にねじ込んだ後、俺は言った。
「うー……ん。下手に動き回るのもなんだし、かと言ってずっとここにいる訳にもな」
 宗弘が頭を捻る。
「香澄の御蔭で、禁止エリアについては心配なくなったけど、いつここが禁止エリアに指定されるとも限らない。ハッキングを続けるために、他の落ち着き場所を、確保する必要があるな」
 と宗弘。
 先ほど、西園寺にハッキング情報を見せてもらった。どうやら、禁止エリアはその日の午後11時に、ランダムに決定されるらしい。
「私は、しばらくここでハックを続ける。何か有益な情報があるかもしれないし、あわよくば、この首輪が無効化できるかもしれない。そうすれば、脱走できるわ」
「ホントか?そりゃすげぇや」
 宗弘は素直に驚く。俺は、ちらりと西園寺の表情を窺った。無表情を装っているが、内心、何か考えてるな、こいつ。脱出策を練ってるか……俺たちの、寝首の斯く方法を考えついているか……まぁ、今はどうでもいい。もしそうなら、こっちにも策がある。
「じゃあさ、俺と前原で、落ち着ける場所を探そうぜ。香澄はさ、ここで待っててくれ」
「大丈夫?」
 西園寺が、心配そうに宗弘を見る。
「俺たちは、大丈夫さ。それより、ここ本当に安全か?」
「えぇ、前に何度か人が通ったけど、気づく気配はなかったわ」
「そうか……」
 宗弘は心配そうだった。まぁ、無理もないかもしれない。だが、連れて歩くのはもっと危険だ。
「何なら、宗弘も残ったらどうだ?」
 と俺が提案すると、
「そんな、前原に任せっぱなしなんて悪い」
「気持ちは嬉しいけど、そっちはもっとリスクが高いわ」
 と、二人から反論食らった。反論の趣旨は違うが、息は合ってる。
 そして、結局、俺と伏見が外を回り、西園寺はここに残ることになった。
 そうと決まれば、あまりゆっくりしているわけにもいかない。俺たちは準備に追われた。とりあえず、隠れるところがありそうな場所を、地図からピックアップする。それから、持って行くものを準備した。隣室にあった非常食や水などである。ここでまた問題が起きた。武器についてである。万が一ここを襲撃されたとき、西園寺が丸腰なのはまずい。だが、武器はモップを除けばボウガンとレミントンM31RSショットガンしかない。当然、俺の支給武器、合成樹皮変装セットは論外である。ここで、どちらを残すかが問題になった。これも結局、
「ボウガンもショットガンも、使いこなす自信が無いわ。モップで格闘できるとも思えないし」
 という西園の発言で決まった。とは言うものの、非常食と一緒に見つけた万能ナイフを、一応渡してはある。
 そして、午前8時ジャスト。
「いい?必ず戻って来てよ」
「おうっ!」
「当たり前だ。こんなところで死ぬつもりはない」
「確認するけど、私たちの最終目的は脱出。そのためにも、下手な蛮勇は避けてよ。それに、こちらから仕掛けることも避けて。いいわね?」
「おう。努力するぜ」
 そういって、俺はハッチを空けた。明るい。建物の中だが、崩れた壁の隙間から、朝日が差し込んでいる。ずっと穴倉に潜っていた俺には、朝の日はまぶしすぎた。とりあえず、周囲を見回し、誰もいないことを確認する。
「それじゃ、行ってくる」
「暗号、忘れないでよ」
「おう」
 ハッチは閉まった。なるほど、上からはまるで判らない。暗号がなきゃ、帰れないところだった。暗号とは、俺たちが戻ったとき、石ころで3回、廃墟の床をたたくことである。これで、西園がハッチを開けてくれる手筈になっている。
「さぁて、行こうぜ」
「あぁ。まずはE-7、崖だな」
 俺たちは、歩き出した。

(残り26人)

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