第6話 7月6日


1998年 7月6日 午前8時48分

「そろそろ、崖だよな」
 茂みの中を歩きながら、宗弘が言った。右手にボウガンを構え、周囲を警戒している。ちなみに俺は、右手にレミントン、左手にモップを持っている。モップは先の雑巾の部分を取り払っており、もうモップには見えないが。レミントンは宗弘も使う自信がないらしい。
「なぁ宗弘。どういう方針でいく?」
 俺は少々気になっていたことを聞いた。
「方針?」
「ほかの奴と会ったとき……だ」
「……とりあえず、出方を見よう。襲ってくるようなら、反撃して」
「殺すか?」
「そうせざるをえないだろうな」
「そうか……お前にその覚悟があれば、俺は言うことない」
 さすが、経験者だけある。前に、どうしても殺したくないと駄々こねる馬鹿がいたが、さすがにそんな奴はいないだろう。つまりほかの奴も、それだけやる気になってるってことだが。
「おっと、崖だ」
 俺は立ち止まった。崖下に出るつもりが、上側だった。まぁ、地図には高低差は出てないし、仕方ない。
「どっか、降りられるところ探そう」
 宗弘がそう言い、俺たちは崖に沿って歩き出した。


 わずかな物音で、目を覚ました。
 木の上である。音を立てぬよう、体制を変えず耳に神経を集中する。
 茂みの動く音、わずかな話し声。少し驚いた。この期に及んで、つるんでる人間がいるとは。声は、崖のほうから聞こえる。
「………」
 音を立てないよう、木からそっと飛び降りる。ベルトに差したワルサーPPK9ミリを引き抜き、右手で構える。セーフティロックは常に外してある。
 極力音を立てぬよう、匍匐前進で進む。草むらを避け、崖が目に見えるところまで来ると、そっと顔を出した。後姿、2人。1人は棒状の武器を持っている。ここからでは、銃を持ってるかどうかは判別できない。二人組み……近寄るのは、危険だ。柏のようにはいかないだろう。
 あたりに人の気配がないことを確認すると、そっとワルサーを構える。後姿のうち、棒を持ってないほうに銃口を向け、そっと引き金を引いた。


 銃声。
 その時、あたしは翔架を起こそうと肩に手をかけたときだった。あわてて地に伏せ、同時にデイパックを引き寄せる。続けざまに、もう一発。銃声が明らかに違った。こんな朝っぱらから銃撃戦とは、派手な連中だ。かなり近いけど、どうやらこっちを狙ったわけじゃなさそうだけど、油断はできない。ここは比較的草むらに囲まれた、崖のそばの木立の中だ。そう簡単には、見つからないと思うけど……。
「う……〜ん……」
 こんな時に!あたしは慌てて翔架の口を塞いだ。
「ム…ムームー!」
「お願い、静かにして!」
 あたしが小声で言うと、翔架は目を瞬かせ、おとなしくなった。
 そのまま、しばらく止まっていた。もう一発銃声。近づいてる。このままじゃやばいかも知れない……。あたしは、スカートのポケットに突っ込んでおいた、翔架の支給武器、コルト357マグナムリボルバーを取り出し、安全装置をはずした。翔架が目を剥く。
 突然、茂みの一角から人影が飛び出した。とっさに翔架の前に出て、両手で銃を構えた。それは、伏見宗弘だった。左肩から、出血している。
「伏見君……怪我してるの?」
 こともあろうに、翔架が伏見に手を差し出したのだ。
「駄目、さがって!」
「でも雪ちゃん、伏見君、腕が……」
 確かに、左肩から血が噴出し、滴ってる。だが、右手には、しっかりとボウガンが握られて……
「あっ……」
 ボウガンが、落ちた。伏見は膝をつき、そのまま倒れてしまった。
「伏見君!」
 翔架がかけより、肩にハンカチを当てる。ハンカチは見る見る赤く染まった。
「雪ちゃん、デイパックとって!」
 デイパックを渡すと、てきぱきと医療道具を取り出し、肩を処置していく。翔架が包帯を巻き終えたとき、至近距離でまた、銃声がした。翔架がヒッと縮こまる。思い出したように、コルト357マグナムリボルバーを構えなおした。
「ぅ……」
「あっ、気がついた?」
「中里……芝村か」
「うん、そうだよ」
「……げろ、……はやく」
「え、何?」
「早く、逃げるんだ……誰か、来る」
 そういうと、伏見は肩を抑えて立ち上がった。慌てて翔架が止める。
「それって、銃を持った奴が近づいてるってこと?」
 あたしは聞いた。伏見は、息を切らせながら頷いた。
 その時、また同じ茂みから、人影が飛び出してきた。まったく、ここは駆け込み寺か!おっと、そんな冗談を考えてる場合じゃなかった。
「……前原良斬」
 問答無用で銃を向けた。引き金に手をかける。前原は、右手にでかい銃を持っていた。伏見を撃ったのは、前原か?
「待て、芝村……。前原は、違うんだ」
 伏見が、言った。けど、かまわず引き金を絞る。
 前原は、妙に無表情になって、言った。
「敵意はない、って言っても信じてもらえそうにないな。だが、発砲するのは得策じゃないぞ。銃声で、森にお前らの存在を知られる」
「森か……!」
 伏見がうめいた。
「おう、中里か、手当てしてくれたのは。礼を言うぜ」
 何、こいつ……銃を向けられて、今にも撃たれるっていうのに、この落ち着きようは何……?
 その時、また銃声が響いた。近くの茂みが、何かに弾かれた。
「ちっ、もう来やがった……。どうする、芝村。ここで俺とずっとにらめっこして、森に殺されるか。それとも、俺を殺してとっとと逃げるか。―――あっ、結局、俺は死ぬな」
 そういうと、前原は笑った。さらに銃声。
 わからない。何故こいつは笑えるの!?
「雪ちゃん、とにかく逃げよう!」
「殺さないなら、さっさと逃げてくれ。俺と別方向に逃げれば、森を撒くことができる。その間に、伏見を連れて逃げろ」
 あたしは、引き金を引いた。少しだけ、右にずらして。
 銃声が響き、腕に反動が来る。弾は、前原の横をかすめ、飛んでいった。あっけにとられた顔をした前原に、あたしは言った。
「あたしはあんたを囮にしてまで逃げる気はないよ。向こうがやる気なら、こっちだってやってやるわ」
「……変わってるな」
 前原は、くるりと翻ると、なにやらでかい銃をぶっ放し、言った。
「今ので森に場所が知れた。さっさと逃げようぜ」
「言われるまでもないわ。翔架、行こう」
「うん。伏見君、歩ける?」
「なんとか、大丈夫だ……」
「中里、ボウガン持ってくれ。宗弘は、俺が肩貸す」
 私は、ずっと考えていた。何故、前原を撃たなかったのだろう。殺さないにしたって、前原の言う通りにしていれば、あたしと翔架と伏見は逃げおおせられたのに……。口から出たのは、ある意味本音だ。だけど、何か違う気がする……。
「ちっ……やばいな。この先は、崖だ」
 前原の一言で、あたしは我に帰った。
「なに……追い詰められたってこと?」
「あぁ」
 そういってる間に、前原はでかい銃を置き、その辺の手頃な木の棒を一本、拾い上げた。
「あんた、何する気?」
「こいつでもう一発、ぶん殴ってきてやる。銃は近距離には弱い」
「何いってるの!勝てるわけないじゃない!」
 翔架が言った。
「前原……モップは?」
「さっき森の頭を殴ったとき、折れちまった。中が腐ってたんだな」
「さっきって……もうやったの?」
 思わず聞いた。
「モップがもっとしっかりしてりゃ、あれで済んだんだが。向こうも、警戒してるだろうな」
「何であんたが行くのよ!勝手じゃない!」
「……中里は、伏見を診てやんなくちゃならない。宗弘は、待ってる奴がいる。お前は……夢があるんだろ。そいつをかなえろ」
 え……?
「な……なんであんたがそんなこと知ってるのよ!」
「目でわかるさ。ちゃんとした目的を持った奴と、そうでない奴と。まぁまかせろ。そろそろ奴も弾が切れる。その隙を狙う。とりあえず、再起不能くらいにはしてやるから。ちゃんと逃げろよ」
「前原君!」
「そんな、そんなの勝手だ!身勝手すぎるわよ!」
「そうだ、勝手だぞ……前原!」
 伏見が、怪我人とは思えない速度で動き、前原の棒を奪った。
「宗弘!」
「前原、お前は、中里と芝村……それと、あいつを守ってやってくれ。頼んだぞ……」
「おい、待て宗弘!」
 前原が手を伸ばしたとき、すでに前原は茂みの中に踊りこんでいた。


 頭から流れた血が目に入り、視界が赤くなっている。
 草も、土も、空も。こうしてみていると、もともと赤かったのではないかと思えた。
 とりあえず、二人のいると思われる方向へ、さらに2発撃つ。
 カシッ、と音がした。弾切れだ。デイパックから柏から奪ったジグ・ザウエルP230・9ミリショートを取り出そうとしたとき。
「うらぁっ!」
 声とともに、左肩に衝撃が走った。
「チッ……外したか」
「伏見」
 左肩に、血の滲んだ包帯をしている。おかげで、脳天を狙った一撃が肩にそれたらしい。すぐに体勢を立て直し、ワルサーの銃口を伏見に向けた。
「武器を捨てろ、伏見。今なら助けてやる」
 そう言いつつ、左手でデイパックの中のジグ・ザウエルを掴む。伏見は殴りかかってきた棒で体を支え、体制を整えると、言った。
「よく、言うぜ……すぐ撃ってこないところを見ると、弾切れか?その左手に、新しい武器でも持ってんだろ」
 間髪いれず、デイパックからジグ・ザウエルを抜き出し、発砲した。だが、左肩が損傷したせいで、うまく狙えなかった。外した。その隙に、伏見は棒を振りかざし突進して来た。ワルサーを捨て、右手で棒を防ぐ。そのまま縺れ合い、茂みに突っ込み……
 体が宙に浮いた。
「宗弘ぉっ!」
 ただ、前原とおぼしき声が聞こえ、
 赤い空が視界を包んだ。


「前原君!伏見君は!?」
 茂みからのっそりと現れた前原に、翔架は言った。前原は答えず、でかい銃を放り出すとドカリと座りこんだ。
「答えなよ、前原!伏見は?森は?」
「……2人で崖から落ちた。木が多くて、上からは確認できなかったが……高さ的に、無理だろう」
 翔架が息を呑んだ。
 重い沈黙があった。
 どれくらい経っただろうか。電子手帳が振るえた。セーラーのポケットから取り出し、開く。
・09時17分、
伏見宗弘(男子12番)森博則(男子14番)に殺され、死亡した。
「くそっ!」
 前原が、電子手帳を地面に投げた。その目には、少しだけ涙が浮かんでるのを、あたしは見た。前原は言う。
「行こう。ここに居たってしょうがない。もしかしたら、森が戻ってくるかもしれないし」
「森が!?」
「電子手帳に死亡記録が出てこない。生きてるって事だ」
 思わず周囲を見回した。人の気配はない。
「でも、どこ行くの?」
「西園寺の所だ」
「え、香澄?」
 翔架の問いに、意外な人物の名前が出た。思わず聞き返す。
「香澄、一緒だったの?」
「あぁ、今、安全な場所に隠れてハッキングしてる」
「ハッキング!?」
「うまくいけば、ここから脱出できるそうだ」
 と前原は言ったが、その顔は暗かった。
「何よ?見込み無いの?」
「いや……」
「あ……伏見君か」
 翔架が言ったとき、あたしは伏見と香澄が付き合ってたことを思い出した。また、場が暗くなる。
「取り敢えず、行こうよ。ここに居ても仕方ないし、香澄ちゃん、たぶん一生懸命で電子手帳見てないよ。教えて……あげなくちゃ」
 気を取り直したように、翔架が言った。確かに、香澄は一つの事に熱中すると周りが見えなくなる。
「そうだな。ここからそう遠くはないし、芝村と中座とも居るし……いったん戻るか」
 そういうと、前原は電子手帳を拾い上げた。

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