第8話 7月6日


1998年 7月6日 午前11時40分

  赤い世界の中を、ふらふらと歩いていた。草も、土も、空も、赤い。赤すぎて、元が何色だったかもう判らない。
  右手と頭から、生暖かい血がどんどん流れていった。ワイシャツを破り、血止め代りに結んであるが、それも真っ赤だろう。右手も、力がうまく入らなかった。おそらく、伏見の一撃を防いだせいだろう。ただ、動くには動く。その右手に、ジグ・ザウエルP230・9ミリショートが有った。
  酷いのは、両足である。崖から落ちた時、木々の梢がクッションとなった御蔭で、重傷は免れた。が、両足、特に右足はひびでも入ったらしく、歩くのがやっとだ。左足も、捻挫しているらしい。自分ながら、よく歩いているものだ。
  とにかく、安全なところを探した。このままでは、誰かに見つかれば命に関わる。死ぬわけには行かないのだ。
  死ねば……。
  ふと、そのことが頭をよぎる。
  死んでしまえば……。
  駄目だ。死ねない。人本来の役目も終えず、死んだりしたら……。
  俺は、無間地獄に落ちるだろう。
  子を成さずに死ぬことは、『久遠法華伽羅教』教義第3項に触れる。教義を破れば、転生の輪廻からはじき出され、無間地獄に落ちる。
  そうだ、それに教団の再生もある。今は政府によって、邪宗として弾圧されているが、いずれアメリカにわたり、教団を再生する……。俺の、悲願。政府の弾圧に倒れた祖父、父の無念、晴らさなければ……。教祖様はご無事にアメリカに着けただろうか。これが終われば、義務教育からも開放されます。そうしたら、俺もすぐにアメリカに行きます。そして、祖父や父と同じように、教祖様に尽くします……。
 それまでは、死なない。死ねない。死ぬわけにはいかない。
 パキッという、枝の折れる音がした。その方向に、自然と首が向く。……人だ。
 出席番号男子10番、高浜純平。野球部のレギュラー2番で、名サード。その右手が、動いた。本来ならボールを投げるはずのその手には、黒光りするスミスアンドウエスンM19・537マグナムが握られていた。
 「……死ね」
  高浜がぼそりとつぶやいたのを、俺は聞いた。
  ……死ね?誰がだ?俺?何を言ってる、俺が死ぬわけない。そうだ、俺は死なない。死ねない!死ぬのは……お前だ!
  その瞬間、傷ついて動くのがやっとだった右手が勝手に反応した。高浜がスミスアンドウエスンを構えるより早く、俺のジグ・ザウエルが吼えた。
 「なっ……!」
  高浜があわてたとき、すでに奴の眉間に第三の目が開いていた。倒れる。死んだ……ようだ。
  奴は死んだ……勝った。俺は生きてる。助かった!もう大丈夫だ。俺は生き残ったのだ。
 「はははは……俺は勝ったんだ!生きてる!もう心配ないぞ!何も問題ない!教祖様も無事アメリカに着かれた!俺も来年にはアメリカだ!そして教団は再生される!教祖様、待っててください!」
  何か来る、と感じたが、もう関係なかった。俺は勝利したのだ。もう誰も俺を阻むものは居ない。そして、俺は教祖様によって解放される!
  世界が、赤さを増した。


  なんて野郎だ……。
  俺、飯倉忠は、そこに立ってる奴を、改めて見た。やはり、決勝なだけある。前のようには行かない、か。
・11時51分、高浜純平(男子10番)が森博則(男子14番)に殺され、死亡した。
・11時52分、森博則(男子14番)が伊東本治(男子3番)に殺され、死亡した。
  それを確認すると、俺は改めて、今眼下に立っている男―――伊東本治のデータを見た。
  伊東本治――――ボクシング部所属。前まで宮城の某有名ジムに属していたが、プログラム終了後、精神的なものを訴え退団。か。現在はポンチョの愛称で、前原良斬(男子13番)と仲がよく、精神も快方に向かう……余計なデータばかり入れやがって。
  しかし、今目の前にいる奴が、このデータと同一人物には見えない。目は落ち窪み、傷だらけで、生気がない。魂を吸い取られたみたいだ。どちらかというと、ヤクやりすぎで廃人になった奴に近い。
  だが、あの動きはヤク中なんかじゃない。狂ったように笑う森に、音もなく近づき、無表情にその両手で持ったトンファーで、脳天叩き潰した。元ボクサーとはいえ、あの動きは尋常じゃない。森の、あの傷だらけの状態からの早打ちも、凄まじかったが。
  今ことを構えるのは、危険。俺はそう判断した。リスクの高いカケは、このゲームでは御法度。奴と戦うには、銃が要る。もうこの際、拘ってられない。
  伊東は、森のジグ・ザウエルと、高浜のスミスアンドウエスンを回収すると、ぶらりと去っていった。俺は電子手帳の簡易レーダーをにらみ、付近から消えるのを確認すると、木の上からさっと飛び降りた。一応、高浜のデイパックを回収する。ついでに電子手帳も。森は、デイパックを持っていなかった。一応、こちらもポケットから電子手帳を回収した。血まみれだった。

(残り23人)



1998年 7月5日 午後0時34分
 「翔架、お疲れ。……どう?様子は」
 「あ、雪ちゃん。駄目だよ、ぜんぜん。動く気配なし」
  私は、そう言うと、雪ちゃんに双眼鏡を渡した。
 「駄目か。ったく、困ったな」
 「あ、前原君も上がってきたの」
  今、私たちは、廃墟の北隣のエリア、巨木池に居た。本当は、香澄ちゃんの居る廃墟の地下に行く予定だったんだけど、私たちが廃墟に近づいたとき、先に人が居た。誰かよく判らないけど、人がいる以上近寄れないってことで、近くの巨木池に来た。巨木池は、名前の通り、池のそばにとても大きな楠の木がある。私たちはその楠に登り、廃墟を監視していた。
 「しかし、一体誰だろうな。月見里や飯倉じゃなきゃ良いんだが」
  前原君が、首をひねる。
 「さぁ……。ここからじゃ、判らないよ。人が居る建物で、精一杯」
 「銃で一発威嚇したら、逃げていくんじゃない?」
  雪ちゃんが、物騒なことを言う。
 「駄目だと思うぞ。俺だったら、絶対廃墟から動かない。動いたら、かえって狙われる。それに、銃声であまり人を引き寄せたくない。却下」
 「むぅ……却下は酷いぞ」
 「いででで……つねるなよおい」
 「楽しそうだね」
  思わず笑ってしまった。雪ちゃんも、最初は前原君のこと警戒してたけど、もう大丈夫みたいだ。
  ふと、こんな状況なのに、笑える自分はどうなんだろう、と考えてしまう。けど……可笑しいものは仕方ない。何時までもナーバスでいたら、周りまで暗くしてしまう。前のプログラムで、私はそれを学んだ。だから、どんな時も、感情には素直に生きよう、と思う。偽ったり、逆らったりしたって、結局わきあがる感情は抑えられない。
 「さて、ふざけるのはこれ位にして……真面目な話、俺たちも、ずっとこうして木の上にいるわけにもいかない。いったん戻り、体勢を立て直す必要がある。そこで……今、廃墟にいる奴と、接触する」
 「………」
  私も雪ちゃんも、真剣な表情で聞く。今、雪ちゃんは長い髪をゴムでポニーテールにしてた。それはそれで、かなりかわいい……。
 「とりあえず、まず俺が接触する。丸腰でな。二人は、廃墟の近くで隠れててくれ。もし襲ってくるようなら、二人で、容赦無く殺ってもらう」
  そう言って、雪ちゃんに大きな銃、レミントンM31RSとボウガンを渡し、私に、森君が落として言ったワルサーPPK9ミリを渡した。ごくりと、つばを飲み込む。
 「いいか、俺が万一死んだ場合、その辺の石ころで、床を3回たたけ。そうすれば、西園寺が地下室のハッチを開けてくれる。いいな、3回だぞ」
  雪ちゃんが、無言で頷いた。
 「こいつは、結構ハイリスクな計画だ。銃声もしちまう。だが、今のところ他に手の打ちようが無い。つーわけで、俺の命、お前らに預ける。頼んだぞ」
 「……質問していい?」
  雪ちゃんが、ゆっくりと言った。
 「崖の時もだけど、何でそんなに簡単に、命を投げ出すようなことが出来るの?あたしには、到底信じられない」
  前原君は、しばらく答えなかった。しばらくした後、おもむろに言った。
 「なんつーかな……別に投げやりってわけじゃあない。そりゃ俺だって命は惜しい。だがな……俺は一度、死んだようなもんだからな……」
 「前のプログラムで、何かあったの?」
  たまらず、聞いてみる。
 「あぁ……いつか話す。そのためにも、作戦、ばっちり頼むぜ」
  そう言うと、すいと降りていってしまった。
 「あ、ちょっと待ちなさいよ!ちゃんと答えなさいよ!」
 「あ、待って雪ちゃん!」
  そして、作戦が始まった……。


  さっきまで晴れてた空が、にわかに怪しくなり始めた。
  この廃墟は、実際の町を模して、意図的に廃墟として作られたらしい。エリア一杯に崩れかかった、しかし安定した建造物が並んでいる。俺は、とある崩れかけた建物の中に、俺はいた。舗装された道を挟んで正面15メートル先の廃墟が、隠しシェルターの入り口であり……先ほどから居座ってる奴がいる廃ビルでもある。窓枠の無い窓からのぞくと、たまに人陰が見える。もう少し天気がよければ、性別くらい判断できたかもしれない。それにしても――――なんて無防備なんだ。銃さえあれば、ここから狙えてしまいそうだ。
  芝村、中里はすでに別れて両隣に入ってる。2人が隣に入ったときも、奴は気づいてないようだった。まぁ、取り敢えず、月見里や飯倉の線は消えた、と思う。やつらなら、何らかのリアクションをすでに起こしているはずだ。
  道の中を、風が通り過ぎていった。時に目をやる。午後1時ジャスト。作戦、開始っと。
  俺は、道に一歩踏み出した。粗末なアスファルトは、砂利を踏むような音を立てた。
  その時、目の前の建物の中に、ふらりと人影が現れた。何か棒状のものを持ってる。驚き、少したじろぐ。感づかれたか?相手は、動揺の色を見せず、建物から出てきた。
  鈴の音がした。
 「お前は……」
  建物から出てきて、ようやく顔が判別できた。
 「如月烏有……!」
 「良斬……」
  そのまま、無言の時が過ぎた。風が、俺たちの間を吹き抜ける。
  如月烏有。クラスの中でも、かなり浮いた存在だった。元僧侶だとかで、髪がやけに短く、坊主頭に毛が生えた程度。しゃべり方も説教くさく、はっきり言って変人だった。運動はまるでできない。だが、不思議とこの男とは、気があった。
 「………」
 どれくらい時が経っただろうか。後方の建物で、芝村がちらりと見えた。ボウガンを構え、すでに狙いをつけているようだ。その時、如月が棒状の物を捨て、両手を上げた。棒状のものは、ガシャリと音を立ててアスファルトに落ちる。烏有は、それを蹴り、こっちへ押しやった。それは、錫杖だった。山伏なんかが持ってる、金属製の杖である。先端に、金属の輪がいくつも取り付けられている。
 「……何のマネだ?」
 「降伏します。敵意は有りません」
 「それを、証明できるか?」
 「……いえ。証明することは、はっきり言って不可能です。ですが、それを承知で、こちらに来てもらえませんか。後ろの、芝村さんも。もし変な素振りがあれば、すぐさま撃って下さい。それでもいけませんか?」
  気づいていたか。俺は芝村に眼をやった。この距離なら、烏有の発言は聞こえてるはず。表情はわからないが、ボウガンの構えは解いてない。俺は言った。
 「芝村!出てきてくれ」
  しばし間があり、芝村が廃墟から出てきた。ボウガンは、烏有に向いている。
 「私は前原と違って、臆病なの。何かあったら、躊躇い無く殺すわよ」
 「かまいません。お二方、どうぞこちらへ」
 「……前原」
  芝村が俺を見る。
 「行こう。ただし、俺だけだ」
 「前原……!」
 「判りました。どうぞ……」
 「芝村、様子がおかしかったら、とっと逃げてくれ。いいな」
  芝村は何か言いたげだったが、あえて俺はそれだけ言うと、さっさと歩き出した。
  廃墟の、扉の無い入り口をくぐる。烏有は、すぐそばの部屋に入っていった。内心舌打ちする。そこは、シェルターのハッチのある部屋だった。俺も後を追って、部屋に入る。
  部屋は、暗かった。何も見えない。烏有の姿もなかった。
 「………!」
  罠か!?静かに身構える。その時、さっと光が走った。慌てて身をかがめる。だが、それは……何のことは無い、支給品の懐中電灯だった。
 「こっちです。どうかしましたか?」
 「いや、何でもない」
  平静を装いながら、これは使えると思った。懐中電灯だって、闇の中でうまく使えば……。
  烏有は、ひとしきり懐中電灯を振ると、とある場所に光を当てた。
 「うっ……こいつは!?」
  生徒が一人、横たわっていた。女だ。このロングヘアーは……高梨、じゃないな。相川だ。
 「先ほど、襲われて重傷を負っていたのです。私がここにお連れしました」
 「重傷?生きてるのか」
  俺には、死んでるようにしか見えなかった。
 「一応、応急手当はしました。ですが、意識は一度も戻っていません。良斬、何か薬類は持ってませんか?」
  そう言われると、顔も血の気があるし、確かに生きてるようだ。あらかじめ、脈を採ってみる。微弱だが、有った。
 「待て。芝村を呼ぶ」
  俺は部屋を出て、そこで壁に張り付いてる芝村を見つけた。
 「……おい、何やってるんだ」
 「あ、前原、無事だった……あれ?ばれた?」
 「何言ってるんだ。モロ見えだぞ」
 「一応、隠れてたんだけど」
 「アホ。とにかく、なんか傷薬かなんか持ってないか?」
 「どしたの?怪我したの?」
 「相川さんが重傷を負われています。このままでは、命にかかわります」
  いきなり、烏有が言った。いつの間にか、そばに来ていたようだ。なぜかこいつ、どんくさい割に気配が読めない。
  芝村はすかさずボウガンを構えた。俺はそれを制する。
 「烏有の言ってることは本当だ。どうやら、本当に闘る気はないらしい。とにかく、見てみてくれ」
  芝村は、胡散臭そうに烏有を見ると、ボウガンを下ろした。そして、部屋の中に、入っていった。
 「烏有、ここにいてくれ」
  そう言うと、俺も中に入る。芝村は、すでに相川を見つけていた。
 「どうだ?」
 「相当やばいわ、これ。前原、外の翔架呼んで来て。薬関係は、全部翔架が持ってる」
 「烏有は、いいのか?」
 「いいわ、私も信じる。とにかく、紫音を助けないとね」
 「OK」
  俺は、その辺の石ころを掴むと、立て続けに3回、床に打ち下ろした。
  どこかで、ガコッという何かが外れる音がして、部屋の一角が明るくなった。ハッチが開かれたのだ。
 「お帰りなさい。経緯は全部聞いたわ」
 「香澄……」
 「ハイ、雪」
  西園寺は、滑らかな動きでハッチから出てきた。
 「さ、さっさとする。前原、如月君と翔架を呼んで来て。こっち運び入れるわ」
 「りょーかい」
  俺は、そう言って部屋を後にした。西園寺は、朝とまったく変わってなった。彼女は知ってるのだろうか、宗弘のことを……。

(残り23人)



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