第X話 3月10日


 なぁ、広田よ。今俺はどこでどうしてると思う?何の因果か知らないが、政府の連中に長野の山奥に飛ばされちまった。今、ちょうど電車を降りるところだ。ここの電車、2時間に1本しかないんだぜ?笑っちまう。まだ富山の、俺たちの住んでた大門のほうがマシだ。見ろよ、何にもない。見渡す限り、山と棚田だ。おっ、あの山の端にあるのが分校かな。結構しんどいな、毎日あそこまで登るのは。
 広田……。俺は、お前を殺して、何を手に入れた?総統閣下の落書きと、この片田舎の生活。まぁ、一応補助金は出てるから、食うには困らない。だが……失ったものに比べて、明らかに割りがあわないんだ。別にこれ以上望むわけじゃないんだが……。ただ、失ったものが、少しでも返ってこないかなって……そんな夢みたいなことを考えただけだ。そう、そんなことあるわけがない。でも、時々思うんだ。あのまま、クソゲームもなくいつもの生活が続いていたらって。
 お前は、何になりたいって言ってたっけ?ああそうそう、消防士だっけ。俺は、親父の後継いで薬売りにでもなろうかと考えてた……。今の俺に、薬を売る資格なんか無いけどな。消防士か……。駄目だ。俺は、人の命に関わる資格がない。誰がどう言おうと、ないんだ……。この左手が、させてくれそうにないしな。
 さて、下宿はどこかなっと……。田舎とはいえ、駅の周囲は、比較的建物が多いな。遊ぶところは……なんか潰れかけたパチンコ屋しかないな。期待しないようにしよう。と思ったが、少しくらい覗いていくか……。
「んだテメェ!もっかい言って見やがれ!」
「何度でも言ってやるよ。こんな片田舎で、威張んな。ウゼェだけだ。もっと都会でやるんだな」
 やれやれ、早速喧嘩か。こんな、見た目はのどかな田舎町でも、不良はいるんだな。変に感心しながら、換金所を探す。おっと、何だ、換金所の前でやってやがる。面倒臭いな。俺は煙草に火をつけると、そっちに向かった。
「オイオイ……テメェ、この人を誰か判ってるワケ?」
「この辺じゃ、ちょいと知られたボス、洞屋夏葉サマだぜ?」
「ボスにのされた奴は、両手じゃ納まりきらねぇぜ?」
 何だ、相手は1人じゃないか。大人数で囲んで、いちゃもんでもつけたんだろう。け、くだらねぇ。品性が貧しい証拠だな。
「知らねぇな。大体、こんなところでちょいと知られて、嬉しいか?大方万引きの常習犯か何かだろう?」
「テメェ……わかってないようだな」
 囲んでる奴の中で、ひときわ図体のいい奴が、低い声で言った。俺はその横を通り過ぎ、換金所に向かう。
「何だ、万引きじゃなくて田舎ギャングか?そんなおもしれぇ顔してるんだから、吉本でもいけよ」
 俺は、そいつの顔をちらりと見た。眉が太く、あごが出っ張ってるくせに、なんか全体的に童顔だ。顔のバランスが悪すぎる。確かに、妙な迫力があって面白い。
「殺ス!」
 巨漢が、さっきとは打って変わって高い声で、吼えた。こっちが地声らしい。
 チッ……横で死人が出たら、目覚めが悪い。加勢するか……。
「おいお前ら。喧嘩するのはかまわんが、人のいないところでやれ」
「あ、悪いな。すぐ終わらす」
 そう言ったのは、囲まれてる奴……少し背の低い、えらく色白の男だ。髪が長く、肩まで下ろしてる。そう言って、その男は巨漢に正拳突きをかました。
 それからは、阿鼻叫喚だった。俺が手を貸すまでもなく、ほんの数分で蹴りがついた。
「テメェ……こんなことして、明日が迎えられると思うな……」
「典型的捨て台詞だな。も少しオリジナリティのあることいないのか」
 そいつは、巨漢の頭を2度蹴っ飛ばし、言った。
「あんた、さっさと出たほうが良いぜ。さっき、店員がマッポ呼びにいった」
「そうか、残念だな」
 結局パチンコは出来ないまま、俺はそいつと一緒に外に出た。その時、
「おいお前、ちょっと頭下げろ」
「?何で?」
 とか言いつつ、俺はおとなしく下げる。その瞬間、俺の頭があった場所を、パチンコ屋の丸いすが通り過ぎた。振り返ると、さっきの巨漢が仁王立ちしてる。
「へぇ、意外と体力あるじゃん」
 男は、ニヤリと笑った。
「俺は無関係なんだが」
 一応、言ってみる。
「うるせぇ!皆殺しだ!」
 裏返った声が返ってきた。頭がキンキンする。
「うらあぁ!」
 巨漢が、雄たけびを上げて飛びかかってきた。何故か俺に。俺は体を緩やかに動かし、巨漢の動きを受け流す。同時に、奴の股間に膝を入れた。
「!!!!!っ」
 巨漢は、声にならない叫びを上げ、いとも簡単に崩れ落ちる。何だ、弱いなコイツ。動きが直線的過ぎる。
「へぇ……やるじゃん、お前」
 男が、面白いものを見たといった表情で、言った。
「俺、佐藤慶蔵ってんだ。お前は?」
「俺は……前原良斬」
「へぇ、前原か……。どうだ、お前、俺とちょっと喧嘩しねぇか?」
「は?」


 下宿は、駅から歩いて30分ほどの、山際の棚田に囲まれたところだった。下宿と聞いていたが、何故か学生アパートだった。管理人に聞くと、その下宿はすぐ近くにあったらしいが、先週引っ越してしまったそうだ。で、俺は急遽ここに入ることになったそうだ。俺は、挨拶代わりに富山名産・甘酒まんじゅうを渡すと、荷物を受け取った。部屋は、2階北向きの七の間。何だ、七って?他の部屋も、桐だとか川だとか光だとか、杉、三、貴、典とか……一体何を基準につけてるんだ?
 まぁ、そんなことはどうでもいい。俺は荷物を整理すると、4月から通う分校に向かった。
 分校に至る長い坂を、のんびりと歩く。道端の、夕暮れに咲く桜の並木が、綺麗だった。
 分校自体は、そう大きいものじゃなかった。4階建の校舎が1棟だけ、山に囲まれるように建ってる。明かりは、すべて消えていた。運動場は、もう少し上らしい。俺は校舎横の木々の中に、階段があるのを見つけた。丁寧に、運動場と書かれた看板が立ってる。
 運動場はなかなか広かった。山を整地して、高台を造りそこを運動場にしたようだ。下の坂と同じように、桜が沢山植えられている。
「おう、来たな」
 その桜の中に、佐藤が立っていた。
「こんな所に呼び出して、何の用だ?」
 俺はぶっきらぼうに言う。
「こんな所はないだろ。4月から俺が通う学校だぜ?」
「奇遇だな。俺もだ」
「へぇ、何組?」
「1組」
「そら奇遇だな。俺もだ」
「こんな小さな学校に、クラスが2つも3つもあるほうがおかしいだろ」
「それもそうだな」
 そう言って、佐藤は頭を掻いた。しかし、その瞬間、奴の眼がすっと細くなるのを、俺は見た。
 一瞬の呼吸の後、奴は動いた。すさまじい速度で、ローキックが来る。俺は地面を蹴り、横に逃れるが、奴はすかさず回し蹴りを打つ。それをバックステップで避け、間を空けようとするが、佐藤はさらに詰めて攻撃を仕掛けてくる。俺は、奴の拳を受け流し、足払いをかけた。佐藤がバランスを崩しかける。そこで一気に後退し、間を空けた。
「へぇ……思った通りだ。強いな、あんた」
 佐藤は、嬉しげに言う。
「大したもんじゃない。ただ、ひたすら逃げてるだけだ」
「上等だよ。お前はただ逃げてるんじゃない。かわしながら、隙をうかがってるんだろ。本当なら、今のところで必殺のパンチが入ってるはずだ。相手として、一番やりづらいぜ。楽しいけどな」
「俺は、喧嘩する気はないぞ」
「そうか……残念。しかし、そうともいかねぇみたいだ」
 野球用のバックスタンドが点灯する。いつの間にか、日が落ちていた。俺は、ゆっくり周りを見回す。桜の中に、虫がいるな。
「20人、位か。もっと来るかと思ったんだな」
「昼間の連中か」
「奴ら、本校の生徒だ。昼の木偶の棒が、ヘッド。あんな雑魚で占められるくらいだから、たかが知れてら」
 俺はため息をついた。やれやれ、早速揉め事か。面倒臭いな。しかし、無関係ってワケでもないし……。
「どうする?先帰るか」
「無理だろ。どっちにしろ、闘らなくちゃいけないようだ」
「へっ、悪いな、巻き込んで」
 そういった瞬間、佐藤は動いた。桜並木に飛び込み、視界から消える。さて、俺もやるか。
 暫く後、運動場周辺に24人程おねんねしてる団体が現れた。どっかしら負傷してるのはご愛嬌。
「13分34秒ね……ちょっとかかり過ぎかな」
 佐藤が、腕時計を見ながら言う。
「どうする、こいつら。ほっとくか」
「こういう時は、ほっときゃいいんだよ。あんまり、喧嘩慣れしてないな」
「喧嘩何ざ初めてだ」
「上出来上出来。お前、格闘技やってるワケでもないし、どこでそんな動きを覚えたんだ?」
「……色々わけがあったんだ」
 プログラムの時。ただひたすら避け、逆転の一撃を狙っていた。それが、喧嘩にも影響を出したんだろう。そして、俺は手榴弾を……。
「まぁいいや。お前が強きゃ、問題ない。どうして強いかなんてどーでも良いや」
 佐藤は、そう言うと、校舎に向かう階段を下りていった。俺も後に続く。
「佐藤、お前は……」
「パス。俺はお前の事聞かない。その代わり、俺の事も聞くな。あ、それと、俺のことは慶蔵で良いぜ、良斬」
 佐藤は、振り返らずに言う。
「慶蔵、ね……」
 そういえば、俺は人を苗字でしか呼んだことないな……親友の広田でさえ、呼び捨てだったっけ……。
 分校前の坂で、俺たちは別れた。慶蔵は、近くのボロ農家を、1人で借りてるらしい。
「気が向いたら、遊びに来てくれや。喧嘩以外で遊ぼうぜ」
 そう言って、慶蔵は去って行った。俺は、分校の夜桜を眺めながら、想う。
 広田……。なんか、面白い奴と会ったよ。喧嘩好きで、変わった奴。なんとなく、お前に似てる。どこが似てるって言われると、困るんだが。なかなか楽しかった……。クソゲーム以来、こんなにすっとしたのは初めてだ。ダチって言うのは、こういうもんかな……。
 げっ、何恥ずい事考えてるんだ、俺。小学生じゃあるまいし……。
 そんなことを想いながらも、少しだけ、俺は壊れたものを取り戻せた気がした。もちろん、完璧に壊れたものは治らない。だが、よく似たものなら、もう一度造れるかもしれない……。
 夜桜が綺麗だな……。今度、慶蔵と酒もって花見にでも来るか……。


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