序章

2002年 7月4日 午前11時31分

その日、俺はぼんやりと村の風景を見下ろしながら、最近覚えたばかりの煙草を、ゆっくりと煙らせていた。
村外れの、小高い丘。俺は、日々学校をサボり、ここで只ひなびた風景を見下ろしていた。
……平和だった。聞こえて来るのは、鳥の鳴き声、風の音、二時間に一本走る電車の音と

銃声。

村のすぐ側に、大東亜陸軍の演習場があるのだ。そこからは、いつもひっきりなしに銃声が聞こえて来る。このところ米帝国との開戦も近いと言う噂だ。その辺と関係有るのだろう。
銃声を聞くと、思い出す。疼くのだ、左腕が。とっくに完治したはずの、左腕が。

銃声。

ジグ・ザウエルを構える広田。発砲。すんでの所を、体を反らす俺。左腕の激痛。反射的に、右手から落ちる手榴弾。岩の上を転がり、甘くなっていた安全弁が抜ける。拾う広田。俺に向け、手榴弾を持った手を振りかぶり-------

爆音。

気付いた時、病院のベッドの上だった。体中、包帯だらけだった。傍らには、あの忌々しい新担任がいて、言った。「君が優勝だ」と。
そして、俺はここに来た。政府が勝手に転校手続きをし、この長野県千丈村に。

銃声。

終わった事だ。皆終わった事。過ぎた事は、もうどうしようも無い。どうしようも無いと判っているはずだった。だが、俺は回顧する。してしまう。そして------
左腕が疼くのだった。



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